企業不正のさばき方

企業不正の『裁き方』(法令、ガイドライン、裁判例、調査報告書等の解説)と『捌き方』(不祥事の予防・検知・対応に役立つ考え方や理論)をご紹介するブログです。記事内の意見は全て個人の見解です。

【経済産業省】グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)③〜グループ設計の在り方/後編〜

 1 グループガイドライン2の概要

 

グループガイドラインは139頁に及ぶ大作ですが、その全体像は以下の記事で全文引用しています。

 

■グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)①〜What's this?〜 

crisismanager.hatenablog.com

 

■グループガイドライン

www.meti.go.jp

 

今回取り上げるグループガイドライン2(グループ設計の在り方)の目次をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回は後編として2.3を取り上げます)。

 

* * *

2          グループ設計の在り方

2.1  現状と課題

2.2  グループ設計に関する基本的な考え方

2.3  グループ本社の役割

2.3.1       グループ本社(業務執行)の役割

2.3.2       グループ本社の取締役会の役割

2.3.3       グループ本社による子会社

* * *(引用終わり)

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2 グループ本社の担う役割

 

グループ設計の課題及びグループ設計に関する基本的な考え方については、下記記事にて解説しております。

 

■【経済産業省】グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)②〜グループ設計の在り方/前編〜

crisismanager.hatenablog.com

 

すなわち、グループガイドライン2.1及び2.2では、グループ設計の課題として大要以下の4点を並べ、これらの課題への対処を考える前提として、(i) グループを貫く機能軸・事業軸・地域軸、(ii) 分権化と集権化のバランス、(iii) 法人格の分離、及び(iv) 2つのシナジーという基本的な考え方を示していると纏めることができる旨、ご説明しました。

  • 分社化やM&Aによる(海外)子会社の増加に伴う管理の難化
  • 事業部門優位の下での経営資源の配分や経営管理に関する懸念
  • グループ経営に関する方針決定と現実の取組との間の不整合
  • 純粋持株会社の諸問題

 

グループガイドライン2.3では、「グループ本社の役割」と銘打ち、上記課題を克服するための「グループ本社(業務執行)の役割」、「グループ本社の取締役会の役割」、及び「グループ本社による子会社の管理・監督の在り方」を提示しています。

 

(1) グループ本社の役割

 

グループガイドライン2.3.1では、グループ本社の重要な役割としてグループ全体の司令塔として財務的シナジーと事業的シナジーの最大化のための戦略を策定・実行することと、グループ(内部市場)としてのスケールメリットを発揮するための共通インフラを提供することの2つが挙げられており、具体的には以下の6つの役割を果たすことが期待されるとされています。

 

①グループ全体の方向性の決定と実行モニタリング

  • グループ全体の企業理念・ビジョンや経営方針の策定とグループ各社への普及・浸透
  • グループとしての中期経営計画の策定(KPIの設定を含む)と進捗管理

 

②グループの顔としての対外発信

 

スケールメリットを活かした経営資源の効率的な確保とグループの全体最適実現のための経営資源の適切な配分

  • 資本市場での資金調達や金融機関からの借り入れ
  • 事業評価と予算配分、そのためのグループ共通基盤の構築(事業セグメントごとの評価指標の設定、評価システムの構築を含む)
  • 人材の採用、計画的な育成・評価・配置、経営陣の後継者計画

 

④事業ポートフォリオ戦略の策定・実行

  • M&Aや事業の切り出し(事業売却等や事業撤退)の基準策定
  • 事業ポートフォリオ見直しの検討プロセスの明確化と実施

 

⑤グループとしての内部統制システムの構築と運用の監督

 

⑥中長期の事業部門横断的な課題への対応

  • 事業部門間のシナジーの実現
  • インキュベーション機能(新規事業の創出)
  • 基礎的なR&D
  • IT投資戦略(デジタル・トランスフォーメーションの推進、そのためシステムの刷新を含む)等

また、グループ本社の役割に関する議論として、(i)見極める力(経営資源配分、経営資源配分基盤整備)、(ii)連ねる力(事業推進(ポートフォリオの入替・シナジーの発揮))、(iii)束ねる力(グループアイデンティティ経営資源調達)の3つに分ける考え方も参考資料として紹介されています。

 

「分社化やM&Aによる(海外)子会社の増加に伴う管理の難化」、「事業部門優位の下での経営資源の配分や経営管理に関する懸念」という課題の中で、場当たり的な子会社の創設や事業部門による部分最適の追求による全体最適の不達成が問題視されていましたが、グループ本社による見極め力・ポートフォリオシナジーの判断力・実行力の発揮がこれらの解決策になり得ると考えられます。

 

ポートフォリオについては、グループガイドライン3の主内容ですので、次回ご説明します。

 

(2) グループ本社の取締役会の役割

 

グループガイドライン2.3.2によると、グループ本社の取締役会は、グループ本社が上記(1)の役割を果たしているかについて、業務執行の監督を行うという使命を担っています

 

また、それにとどまらず、「グループ全体のガバナンスの実効性確保(そのための子会社管理・監督)と子会社における機動的な意思決定を両立させるため、グループ全体の経営方針や事業特性、子会社の規模・特性などにも十分に配慮しつつ、グループ各社の業務執行等に対する適切な関与の在り方(グループ本社の取締役会への付議事項や報告事項の範囲等)を検討すべき」との役割もある旨説明されています。

 

グループ本社の取締役会が上記の役割を適切に示せているかという点について、「取締役会の実効性評価の中で具体的に検証を行い、その結果の概要を開示することを通じ、投資家との建設的な対話につなげていくことも重要」として、コーポレートガバナンス・コード補充原則4-11③が引用されています。

 

コーポレートガバナンス・コード⑩〜基本原則4:取締役会等の責務/その4(会のクオリティ)〜

crisismanager.hatenablog.com

 

「グループ経営に関する方針決定と現実の取組との間の不整合」という課題については、グループ本社が決定した方針を決めるだけでは解決できず、その方針に沿った取組を現実に進めることができるかがポイントになります。

そのためには、方針に沿っていない取組がないか、言動不一致がないかを実効的にモニタリングする必要があります。

 

(3) グループ本社による子会社の管理・監督の在り方

 

子会社管理に関する具体的な取組については、2.3.3で「基本的な考え方」、「グローバルな子会社管理の具体的な取組について」、「M&A後の海外子会社の管理・監督について」と項目立てて説明しています。

 

基本的な考え方については、以下のとおり要旨が纏められております。

 

* * *

グループ本社においては、権限配分等の基本的な枠組(共通プラットフォーム)を構築した上で、子会社の規模・特性等に応じてリスクベースでの子会社管理・監督、権限委譲を進めた場合の子会社経営に対する結果責任を問える仕組みの構築、業務プロセスの明確化やグループ共通ポリシーの明文化等について検討されるべきである。

* * *(引用終わり)

 

この中でポイントと思われるのは「リスクベースアプローチ」という点です。

 

リスクベースアプローチ(risk based approach)とは、ざっくり捉えると、リスクを評価し、その高低に応じてメリハリを付けて各リスクへの対応を決める考え方をいいます。コンプライアンス・プログラム策定や会計監査の文脈で良く目のする用語です。

企業グループが晒されているありとあらゆるリスクに対し、完全防護すべく対応策を講じなければならないとするといくら金銭的・人的リソースがあっても足りないでしょう。多くの(海外)子会社を抱えている場合には尚更です。

「運用面において、子会社の規模や事業特性などに応じたリスクベースで合理的な区分を行い、その区分ごとに管理・監督の強度・方法を適切に設定する」との記載は、要するに、グループ子会社ごとにリスクを分析し、リスクに応じた管理方法を決めるべきであるということを示しているように読めます。

 

このような基本的な考え方を示した上で、企業ヒアリング等を通じてピックアップした「グローバルな子会社管理の具体的な取組」の共通項として、①グループとしての共通プラットフォームの整備・浸透、②リスクベースの子会社管理、③子会社管理の実効性確保が示されています。

 

また「M&A後の海外子会社の管理・監督」の項では、買収子会社とのPMI(Post merger integration)を特に重要な課題とした上で、「業務プロセスの明文化等、従来は暗黙知とされていたものの形式知化を図る等、グローバルで通用する経営力・体制や管理・監督の仕組みを整える」ことの必要性、及び「海外子会社の経営陣に適格な人材を充て、適切なコミュニケーションを図っていくこと」の重要性を指摘しています。

 

3 グループ設計の難しさの本質

 

以前「上場会社における不祥事予防のプリンシプルの原則5「グループ全体を貫く経営管理」の解説記事において、企業グループの問題を「メンバーの距離」という切り口で論じました。

 

■不祥事予防のプリンシプル⑦〜原則5:グループの宿命に立ち向かう〜

crisismanager.hatenablog.com

 

買収子会社は企業文化や帰属意識など心理的距離、海外子会社は国境を越えた単純な物理的距離のみならず海外の制度や慣習の相違から生じる心理的距離、その他の国内子会社についても本流か傍流か、利益を生み出すか損失を生んでしまっているかといった観点からの心理的距離が生じ、この「距離」が不祥事の温床になり得ます。

 

距離の問題をいかに克服するかがグループ設計の難しさの本質ではないでしょうか?

グループ本社としてグループ設計の方向性を示し、リスクベースで濃淡を付けつつグループ子会社を管理・監督するというのは当たり前のことのようですが、完璧に実現できている企業の方が少ないのではないでしょうか?

そのくらい難易度の高いデザインの問題であり、それゆえに取り組み甲斐のあるクリエイテビティの求められるミッションであると思います。

【経済産業省】グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)②〜グループ設計の在り方/前編〜

 1 グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)2の概要

 

グループガイドラインは139頁に及ぶ大作ですが、その全体像は以下の記事で全文引用しています。

 

■グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)①〜What's this?〜 

crisismanager.hatenablog.com

■グループガイドライン

www.meti.go.jp


今回取り上げるグループガイドライン2(グループ設計の在り方)の目次をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回は前編として2.1及び2.2を取り上げます)。

 

* * *

2          グループ設計の在り方

2.1  現状と課題

2.2  グループ設計に関する基本的な考え方

2.3  グループ本社の役割

2.3.1       グループ本社(業務執行)の役割

2.3.2       グループ本社の取締役会の役割

2.3.3       グループ本社による子会社

* * *(引用終わり)

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2 グループ設計に関する課題・問題点

 

グループガイドライン2.1は「現状と課題」と題して、「日本企業の経営環境の変化とグループ経営における課題」、「日本企業のグループ設計の現状」、「純粋持分会社について」の3つの項目に分けて、現状の課題・問題点を列記しています。

 

これらは様々な切り口で日本企業の問題点をピックアップしていますが、これをざっくりまとめると、現状の日本企業のグループ経営には、以下の4つの課題があると言えそうです。

 

(1) 分社化やM&Aによる(海外)子会社の増加に伴う管理の難化

 

1つ目の課題は、分社化やM&Aによる(海外)子会社の増加とそれに伴う管理の難化です。

 

「日本企業の経営環境の変化とグループ経営における課題」では、グローバル化や事業再編等により子会社管理を含めたグループ経理の重要性が高まっていること、そのような状況では事業ポートフォリオ戦略の策定・実行力や高度なマネジメント・リスク管理が必要となることが説明されています。

 

その上で、「日本企業のグループ設計の現状」では、日本企業のグループ設計が分社化やM&A等の形成経緯の影響が残り、グループとしての経営方針や戦略論不在の中で、場当たり的に子会社数が増加し、管理が難化しているとの指摘がある旨説明されています。

 

子会社が増加するにつれて、単純に管理のリスクやコストが上昇することは感覚的に理解できそうですが、ポイントは「その時その時の判断で分社化やM&Aを進めた」という点であり、場当たり的な子会社増加が、子会社管理を余計に複雑かつ難解なタスクにしてしまったことが問題のコアにあるように読めます。

 

(2) 事業部門優位の下での経営資源の配分や経営管理に関する懸念

 

2つ目の課題は、事業部門優位の下での経営資源の配分や経営管理に関する懸念です。

 

「日本企業のグループ設計の現状」では、伝統的に各事業部門の権限が強い中で各部門の部分最適が優先され、グループ全体に横串を通して全体最適が志向されていないという組織構造上の問題があるという指摘がある旨説明されています。また、「特に、事業会社を中核とする企業グループにおける本社においては、グループ本社としての機能と事業部門としての機能が混在するため、中立的な立場で全体最適を実現することが困難となるケースが多数存在しているとの指摘がある」との脚注の記載もあります。

 

これは各事業部門が、自分の部門にとって望ましいM&Aやグループ再編を各々が推し進めた結果、各部門にとっては望ましい反面、グループ全体にとっては必ずしもベストではないグループ構成となってしまう可能性があるという、ゲーム理論でいう「囚人のディレンマ」の状況に陥っているという指摘と解釈することもできそうです。

 

(3) グループ経営に関する方針決定と現実の取組との間の不整合

 

3つ目の課題はグループ経営に関する方針決定と現実の取組との間の不整合です。

 

「日本企業のグループ設計の現状」では、グループ経営を本社中央集権型にするかグループ各社の自律性重視の分権型にするかという意味でのスタイルの選択について、方針決定と実際の取組が整合していないとの指摘がある旨説明されています。

 

言っていることとやっていることが違うというのはグループ経営に限らず問題であり、経営陣の言動不一致が常態化してしまうと、従業員も「経営陣もどうせ口だけでコンプライアンスだのハラスメント防止だの言っているだけだから、自分たちも形だけ合わせとけばよい」などと考えてしまう危険があり、不正の温床が醸成されてしまいかねません。

 

グループガイドラインでは、この課題の具体例として、「典型的には、『自律分権』を掲げながら、実際には結果管理すらせずに『放任』に陥っている事例も見られるとの指摘もある」と記載されていますが、会社として子会社管理をどのように進めるかを決め、それを実現するという言動一致は、それこそ「言うは易し行うか難し」なのではないでしょうか。

 

(4) 純粋持株会社に関する諸問題

 

4つ目の課題は、純粋持株会社に関する諸問題です。

 

純粋持分会社とは、持分会社(1997年の独占禁止法改正で解禁された他の会社を支配する形態)のうち、自ら事業は行わず、株式を所有することで他の会社の事業活動を支配することのみを事業目的とするものを指しています。いわゆるホールディングカンパニーをイメージすると分かりやすいかと思います。

 

野村證券 証券用語解説集 持分会社

www.nomura.co.jp

 

グループガイドラインでは、純粋持株会社のメリットとしてグループ経営における意思決定の迅速化や組織再編の簡素化・迅速化、デメリットとして法人格維持費用の増加、コングロマリット・ディスカウント、投資家へのディスクロージャー範囲の限定に起因する投資家による経営の実態把握の難化が挙げられています。

 

コングロマリット・ディスカウントとは、複数の産業分野で活動する企業(多角的企業)が同じ産業で活動する専業企業に比べて市場から低く評価される傾向をいい、多角化により企業価値の低下が生じていることを示唆するものと評されています(グループガイドライン脚注26)。

 

■MARR Online M&A用語 コングロマリット・ディスカウント

www.marr.jp

 

純粋持分会社の下に多様な子会社を連ねることにメリットとデメリットがあることを理解した上で、デメリットについては可能な限り影響を小さくすべく手を尽くす必要があります。しかし、必ずしもそのような手立てが十分になされていないというのが現状と言えそうです。

 

3 グループガイドラインの示す基本的な考え方

 

上記の課題を解決するために、グループはどのような手段を講じるべきでしょうか?

グループガイドライン2.2では、「グループ設計に関する基本的な考え方」と銘打ち、「グループ設計の考え方と一般的傾向」、「分権化と集権化のバランスの在り方」、「法人格の分離について」、「2つのシナジー」という項目でグループ設計を考える上で知っておくべき考え方を提示しています。

 

これらの3つの分け方だけ見ると統一感がないように見えますが、建物の設計のごとく、建物を建てる際の方向性・基本型・デザイン等を想起するとイメージしやすいと思います。

 

(1) グループを貫く機能軸・事業軸・地域軸

 

「グループを貫く機能軸・事業軸・地域軸」と言う考え方は、企業グループをどの方向性にするかを示すものと捉えると分かりやすいと思います。

 

「一般的には、専業型であれば機能軸又は地域軸、事業特製の異なる複数の事業分野を持つ多角化型であれば事業軸を重視した設計がなされる傾向が見られる」と述べた上で、以下の例が示されています。

これは、グループを設計するときにどの要素を重視するかという視点です。

 

①機能軸を重視

  • 単一事業に特化した重機メーカーでは、全世界で同じ仕様・規格の製品を製造・販売するため機能別で管理を行うなど親会社による一元的管理
  • 開発、生産、販売といった機能に着目

 

②事業軸を重視

  • 組織は事業部制、ビジネスユニットを事業評価の基本単位とする
  • 管理機能(購買・ロジスティクス・IT等)を全社統一することでコスト削減のシナジーを実現。管理機能は権限分散せず、中央集権型の体制。
  • 事業環境の変化が激しく、技術の発展スピードも速いため、トップがボトムと直接つながることを重視。
  • 事業単位を基本設計とし、コーポレート部門はこれらの事業をサポートする立場にあり、人事、ファイナンス、戦略・事業開発などの機能を担い、各事業に対し業務目標を設計するとともに、専門的知見やオペレーションに関わるハンズオンサービスを提供

 

③地域軸

  • 食品会社のように、事業特性上、地域ごとに市場の個性が強い場合には、地域軸を重視した設計
  • 地域ごとに全く異なった規制も存在するので、これらを把握するためにも地域軸での管理が適している。各地域(海外子会社)では、各国CEOとグループの機能別ヘッドへのダブルレポーティング体制

 

(2) 分権化と集権化のバランス

 

(1)の軸の話は、グループの方向性を決めるときに重視する要素に着目していますが、分権化か集権化という話は、権限の力点という要素に着目していると言えそうです。要旨は以下のとおり端的に纏められています。

 

* * *

グループ設計に際しては、迅速な意思決定と一体的経営や実効的な子会社管理等の必要性を総合的に勘案し、分権化と集権化の最適なバランスが検討されるべきである。特に、事業部門等への分権化を進める場合には、事後的な業績モニタリングや、事業部門等の長に対する人事・報酬決定権限の行使を通じたグループ本社によるコントロールの確保も重要である。

* * *(引用終わり)

 

これは、こういう場合は分権型にすべき、こういう場合は集権型にすべきといった単純な議論ではなく、迅速な意思決定を重視する一体的な運営を重視する子会社・部門は分権化、一体的なグループ運営や管理が必要や子会社・部門は集権化といった形で、企業グループ内で両者をうまくバランシングすることが重要という議論です。

 

集権化の方法としては、グループ本社が子会社や事業部門への人事評価、報酬決定等の権限を握るなどしてガバナンスを利かせ、コントロールを保つことが例示されています。

 

(3) 法人格の分離

 

さらに、企業グループの設計固有の論点として、法人格を分けるか否か(事業部門にとどめるか、分離して子会社とするか)を考える必要があります。

この論点を考えるに際しては、法人格を分離することのメリットとデメリット(コスト・リスク)を天秤にかけることになります。

 

①法人格分離のメリット

  • 経営リスクの遮断
  • 成果や責任範囲の明確化
  • 意思決定の迅速化
  • 社員の報酬体系を分けられる
  • 市場ごとの競争条件を明確にしてそれに見合った経営を行える

 

②法人格分離のデメリット(コスト・リスク)

  • 法人としての維持コスト(取締役会や役員等フルセットの機関設置や取締役会の運営等に係るコスト)
  • 法人格を分離しつつ、権限移譲が進まない場合、親子で意思決定プロセスが重畳化することによる意思決定の遅延、調整コストの増加
  • グループとしての管理の実効性が低くなるリスク

 

(4) 2つのシナジー

 

グループ設計のうち、特にM&A等により子会社を増やしたり、事業部門を広げたりする場合には、複数の事業を抱えることによる効果がどうなるかを考える必要があります。以下のとおり要旨が纏められています。

 

* * *

グループ経営においては、各法人・事業部門の総和を超える企業価値を実現するため、シナジーの最大化を図るべきであり、各社における財務的シナジーと事業的シナジーの最適な組合せを明確にしたうえで、その方針に応じたグループ設計やガバナンスの在り方が検討されるべきである。

特に、事業部門間の事業的シナジーが薄れた場合には、「コングロマリット・ディスカウント」が発生しないよう、グループ本社として、グループとしての「コングロマリット・プレミアム」の創出に向けた積極的な取組を行うことが期待される。

また、純粋持株形態の場合には、ホールディングス(監督・事業ポートフォリオ戦略・管理)と事業会社(事業に関する意思決定・執行)の役割分担を明確にすることが重要である。

* * *(引用終わり)

 

ここでいう「シナジー」(synergy)とは、事業間の相乗効果を意味しており、複数事業が合わさることでプラスの効果が発生する場合に発生します。逆に複数事業が合わさることでマイナスの効果が発生する場合のマイナス効果を「アナジー」(anergy)といいます。

 

野村総合研究所 用語解説 シナジー/アナジー

www.nri.com

 

グループガイドライン2.2では、シナジーとして、①財務的シナジー(financial synergy)と②事業的シナジー(operational synergy)に分けられると紹介されており、①財務的シナジーの具体例として、余剰資金の活用(新規事業への投資、M&Aによる買収など)、節税効果(繰延欠損金などの承継)、信用補完による最適調達の実現と調達コストの低減、②事業的シナジーの具体例として、技術の相互活用による価値創造、コスト削減(重複機能や重複投資の削減など)、スケールメリットの実現(材料等の単価の引下げ)、販売シナジー(流通経路や製品広告などの販売促進活動の統合)、ブランド・ノウハウの共有が挙げられています。

 

その上で、2つのシナジーの最適なバランスが会社ごとに異なることを留保した上で、「一般的な傾向としては、事業部門間の事業的シナジーの発揮を重視する場合には、経営資源の再配分や活用が直接的、機動的に行える事業持株会社の形態が馴染みやすく、他方、事業特性の異なる事業部門間の財務的シナジーを重視する場合には、経営資源の配分機能が主となる純粋持株会社の形態が比較的馴染みやすいと考えられる」と説明されています。

【経済産業省】グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン)①〜What’s this?〜

はじめに

 

コーポレートガバナンス企業統治)については、コーポレートガバナンス・コードの解説記事にてご説明したとおりです。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

コーポレートガバナンス・コードは、株主やステークホルダーとの関係等を中心にプリンシプルベースの原則を並べていますが、今回取り上げるグループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドラインは、企業グループにおける実効的なガバナンスを規定するものとして、2019年6月28日に経済産業省が策定したものです。

 

1 グループガイドラインの概要

 

グループガイドラインは、以下のとおり本文が139頁に及ぶ大部なものです。

 

■グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針(グループガイドライン

www.meti.go.jp

 

以下では、項目のみ抜粋しています(太字、下線は筆者)。

* * *

1  はじめに

 1.1  背景・問題意識

 1.2  ガイドラインの位置づけ

 1.3  ガイドラインの目的と主な対象

 1.4  各章の具体的な適用対象について

 1.5  本ガイドラインの構成・用語等

 

2  グループ設計の在り方

 2.1  現状と課題

 2.2  グループ設計に関する基本的な考え方

 2.3  グループ本社の役割

  2.3.1  グループ本社(業務執行)の役割

  2.3.2  グループ本社の取締役会の役割

  2.3.3  グループ本社による子会社

 

3  事業ポートフォリオマネジメントの在り方

 3.1  現状と課題

 3.2  事業ポートフォリオマネジメントの基本的な考え方

 3.3  事業ポートフォリオマネジメントの仕組みの構築

 3.4  事業評価のための基盤整備

 

4  内部統制システムの在り方

 4.1  内部統制システムの意義

 4.2  内部統制システムに関する現状と課題

 4.3  内部統制システムの構築・運用に関する基本的な考え方

 4.4  グループの内部統制システムに関する親会社の取締役会の役割

 4.5  内部統制システムに関する監査役等の役割等

 4.6  実効的な内部統制システムの構築・運営の在り方

  4.6.1  3線ディフェンスの重要性

  4.6.2  第1線(事業部門)におけるコンプライアンス意識の醸成

  4.6.3  第2線(管理部門)の役割と独立性確保・機能強化

  4.6.4  第3線(内部監査部門)の役割と独立性確保・機能強化

 4.7  監査役等や第2線・第3線における人材育成の在り方

 4.8  ITを活用した内部監査の効率化と精度向上

 4.9  サイバーセキュリティ対策の在り方

 4.10 有事対応の在り方

  4.10.1  基本的な考え方

  4.10.2  有事対応の在り方

  4.10.3  子会社で不祥事等が発生した場合における親会社の対応の在り方

 

5  子会社経営陣の指名・報酬の在り方

 5.1  現状と課題

 5.2  子会社経営陣の指名・報酬に関する親会社の関与の在り方

 5.3  グループとしての経営陣の指名・育成の在り方

  5.3.1  グループとしての社長・CEO等の後継者計画の在り方(子会社経営陣ポストの活用など)

  5.3.2  グループとしての経営陣の人材育成・人事管理の在り方

 5.4  グループとしての経営陣の報酬の在り方

  5.4.1  グループ全体での報酬政策の策定

  5.4.2  グループ企業における報酬水準の在り方

  5.4.3  グループ企業におけるインセンティブ報酬の設計

  5.4.4  グループ企業における報酬に関する情報開示の在り方

 

6  上場子会社に関するガバナンスの在り方

 6.1  上場子会社の現状と評価

  6.1.1  本章の適用対象

  6.1.2  上場子会社の現状

  6.1.3  上場子会社の利益相反構造

  6.1.4  上場子会社に対する評価

 6.2  親会社における対応の在り方

  6.2.1  グループの事業ポートフォリオ戦略の視点

  6.2.2  グループのリスク管理の視点

 6.3  上場子会社におけるガバナンス体制の在り方

  6.3.1  基本的な考え方

  6.3.2  上場子会社における独立社外取締役の役割

  6.3.3  上場子会社における独立社外取締役の独立性に関する考え方

  6.3.4  上場子会社における実効的なガバナンスの仕組みの在り方

  6.3.5  上場子会社における情報開示の在り方

 6.4  上場子会社経営陣の在り方

  6.4.1  上場子会社経営陣の指名に関する課題

  6.4.2  上場子会社に求められる対応

  6.4.3  上場子会社の指名委員会と親会社との関係

 6.5  上場子会社経営陣の報酬の在り方

  6.5.1  上場子会社経営陣の報酬決定に関する課題

  6.5.2  上場子会社に求められる対応

  6.5.3  上場子会社の報酬委員会と親会社との関係

 

7   おわりに

 * * *(引用終わり) 

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2 グループガイドラインの位置付け

 

上記経済産業省のウェブサイトは、グループガイドラインは「主として単体としての企業経営を念頭に作成されたコーポレートガバナンス・コード(以下「コード」といいます。)の趣旨を敷衍し、グループガバナンスの在り方をコードと整合性を保ちつつ示すことで、コードを補完するもの」であると説明しています。

 

また、グループガイドラインは「グループガバナンスの実効性を確保するために一般的に有意義と考えらえられるベストプラクティス」を示したものであり、「各企業において、最適なグループガバナンスの在り方を検討する際、本ガイドラインが実務に即した指針として、その検討に資することが期待」されるものであることも説明しています。

 

要するに、コーポレードガバナンス・コードを補完するものとして、グループガバナンスにとってベストプラクティス、ひいては実務的な指針を示すことにグループガイドラインの存在意義があると纏めることができそうです。

 

グループガイドライン1.1において「背景・問題意識」として記載されていますが、企業単体ではなくグループ全体に着目する背景事情としては、子会社不祥事の問題が挙げられます。

一般的に子会社自体は親会社に比べてコンプライアンスに関する人的・組織的・金銭的リソースが乏しいこと、特に海外子会社は親会社からの地理的・心理的距離の離隔により親会社によるモニタリングが行き届かない懸念があることから、類型的に不祥事が発生する潜在的リスク(不祥事の温床)が高いと考えられます。また、子会社であっても、ひとたび不祥事が発覚すると親会社名を前面に出した報道がなされ、グループ全体のレピュテーションが毀損するということは近時の品質不正や会計不正を見れば想像に難くないでしょう。子会社は不祥事のリスクが高いにもかかわらず、その予防が必ずしも容易ではないというところにグループガバナンスの難しさの本質があるように思われます(不祥事予防のプリンシプル原則5(グループ全体を貫く経営管理)に関する下記記事で説明しています。)。

 

■不祥事予防のプリンシプル⑦〜原則5:グループの宿命に立ち向かう〜

crisismanager.hatenablog.com

 

3 グループガイドラインのポイント

 

(1) ベストプラクティスの意味

 

上記のとおり、グループガイドラインはグループガバナンスのベストプラクティスを示すものですが、その意味についてグループガイドライン1.2では、「本ガイドラインは、一般的なベストプララクティスを示すものであり、これに沿った対応を行わなかったことが取締役等の善管注意義務違反を構成するものではないが、反対に、本ガイドラインに沿った対応を行った場合には、他に特段の事情がない限り、通常は善管注意義務を十分に果たしていると評価されるであろう」と説明しています。

 

そもそもグループガバナンスの在り方は会社の規模、業種、企業文化の差異を度外視して一律に決められるものではないことから、経営陣は会社ごとに自社に合ったガバナンスの在り方を模索することになります。グループガイドラインに沿った対応をすることで特段の事情がない限り経営陣自身の善管注意義務違反が問われないというお墨付きは、経営陣をグループガイドラインの示す方向に導く仕掛けとしては一定程度効果があると思われます。

 

(2) 主たる対象

 

グループガイドライン1.3において、グループガイドラインの主たる対象は、「基本的にはグループ経営を行う上場企業及びその子会社から成る企業集団、その中でも特に、持続的な成長を目指して多様な事業分野への展開やグローバル化を進め、多数の子会社を保有している大規模な企業グループを想定しているが、グループ経営を行う非上場企業やこれからグループ経営に取り組もうとする企業にとっても、本ガイドラインの内容が参考になる部分もあると考えられる」と説明されています。

 

不祥事予防のプリンシプルやコーポレートガバナンス・コードは上場会社を対象として念頭に置いていたのに対し、グループガイドラインは非上場会社等も参考になる部分のある指針である旨が言及されている点がポイントです。

  

(3) 攻防一体のガバナンス?

 

グループガイドライン1.4では、コーポレートガバナンス改革では「攻めのガバナンス」が主眼に置かれてきましたが、「守りのガバナンス」の重要性に対しても意識が高まってきたことが指摘されています。

 

これらの用語は2016年6月2日に公表された「日本再興戦略2016」144頁では「『攻めの経営』の促進」という項目において、新たに講ずべき具体的施策として「コーポレートガバナンス改革による企業価値の向上」が一番目に挙げられています。

ここでは、スチュワードシップコードやコーポレートガバナンス・コードに言及した上で、企業の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を図るために、①実効的なコーポレートガバナンス改革に向けた取組の深化、②コーポレートガバナンスの実効性を確保するための市場構造の実現、③情報開示、会計基準及び会計監査の質の向上、④企業と投資家との対話の促進等を行うべきことが示されています。

 

■日本再興戦略2016

www.kantei.go.jp

 

このような視点を「攻め」と考え、不祥事を予防するためのガバナンスという視点を「守り」と捉えているように読めます。

しかし、グループガイドライン1.4は、「そもそも『攻め』と『守り』の二元論で捉えることは適切ではなく、ともに企業価値の向上と持続的成長を支えるリスクマネジメントの一環として常に同時並行で取り組むべきものであり、従来『守り』の取組として捉えられてきた内部統制システムについても、事業戦略の確実な執行のための仕組みとして捉え直すべき」とも述べています。

 

低減・転化・回避すべきリスクを低減・転化・回避し、受容すべきリスクを吟味した上でリスクテイクするといった、いわゆる「リスクマネジメント」の一環として、ガバナンスをいわば攻防一体の「手段」と捉える。

 

大掴みするならば、このようにざっくり纏めることができそうです。

コーポレートガバナンス・コード⑪〜基本原則5:株主との対話〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則5の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則5の趣旨をそのまま以下に貼り付けています。

 

* * *

【基本原則5】

上場会社は、その持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するため、株主総会の場以外においても、株主との間で建設的な対話を行うべきである。

経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである。

 

考え方

 

「『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》」の策定を受け、機関投資家には、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解に基づく建設的な「目的を持った対話」(エンゲージメント)を行うことが求められている。

上場会社にとっても、株主と平素から対話を行い、具体的な経営戦略や経営計画などに対する理解を得るとともに懸念があれば適切に対応を講じることは、経営の正統性の基盤を強化し、持続的な成長に向けた取組みに邁進する上で極めて有益である。また、一般に、上場会社の経営陣・取締役は、従業員・取引先・金融機関とは日常的に接触し、その意見に触れる機会には恵まれているが、これらはいずれも賃金債権、貸付債権等の債権者であり、株主と接する機会は限られている。経営陣幹部・取締役が、株主との対話を通じてその声に耳を傾けることは、資本提供者の目線からの経営分析や意見を吸収し、持続的な成長に向けた健全な企業家精神を喚起する機会を得る、ということも意味する。

 

【原則5-1.株主との建設的な対話に関する方針】

上場会社は、株主からの対話(面談)の申込みに対しては、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するよう、合理的な範囲で前向きに対応すべきである。取締役会は、株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべきである。

 

補充原則

 

5-1① 株主との実際の対話(面談)の対応者については、株主の希望と面談の主な関心事項も踏まえた上で、合理的な範囲で、経営陣幹部または取締役(社外取締役を含む)が面談に臨むことを基本とすべきである。

 

5-1② 株主との建設的な対話を促進するための方針には、少なくとも以下の点を記載すべきである。

(i) 株主との対話全般について、下記(ii)〜(v)に記載する事項を含めその統括を行い、建設的な対話が実現するように目配りを行う経営陣または取締役の指定

(ii) 対話を補助する社内のIR担当、経営企画、総務、財務、経理、法務部門等の有機的な連携のための方策

(iii) 個別面談以外の対話の手段(例えば、投資家説明会やIR活動)の充実に関する取組み

(iv) 対話において把握された株主の意見・懸念の経営陣幹部や取締役会に対する適切かつ効果的なフィードバックのための方策

(v) 対話に際してのインサイダー情報の管理に関する方策

 

5-1③ 上場会社は、必要に応じ、自らの株主構造の把握に努めるべきであり、株主も、こうした把握作業にできる限り協力することが望ましい。

 

【原則5-2.経営戦略や経営計画の策定・公表】

経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示すとともに、収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うべきである。

* * *(引用終わり)

 

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2 SSコードとCGコードの両輪

 

(1) 上場会社と株主の対話とは?

 

基本原則5は、上場会社が株主との間で建設的な対話を行うべき旨を定めています。

コーポレートガバナンス・コード(本稿ではスチュワードシップ・コードにも言及されるため、以下ではコーポレートガバナンス・コードは「CGコード」、スチュワードシップを「SSコード」と略記します)の基本原則1では会社の実質的な所有者である株主の権利・平等性の確保を定めており、株主総会における株主の権利行使への配慮等が具体的に列記されています。

 

基本原則5は、「経営陣幹部・取締役(社外取締役を含む)は、こうした対話を通じて株主の声に耳を傾け、その関心・懸念に正当な関心を払うとともに、自らの経営方針を株主に分かりやすい形で明確に説明しその理解を得る努力を行い、株主を含むステークホルダーの立場に関するバランスのとれた理解と、そうした理解を踏まえた適切な対応に努めるべきである」とし、株主への配慮を「対話」という別の面から定めたものと読むことができそうです。

 

会社から株主への一方的な情報提供でも、株主から会社への一方的な権利行使でもなく、「対話」という双方向のやり取りを想定しているところがポイントで、お互いの考え方を示し、擦り合わせることにより、建設的な方向に会社を導く議論を行うことが期待されていると言えそうです。

 

(2) SSコードにおける「対話」

 

基本原則5の「考え方」ではSSコードに言及されています。SSコードは、2014年2月26日に日本版スチュワードシップ・コードに関する有識者検討会」により策定され、2017年5月29日、2020年3月24日に改訂されています。

 

金融庁 スチュワードシップ・コード(再改訂版)の確定について

www.fsa.go.jp

 

SSコードの目的については、「本コードにおいて、『スチュワードシップ責任』とは、機関投資家が、投資先の日本企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティの考慮に基づく建設的な『目的を持った対話』(エンゲージメント)などを通じて、当該企業の企業価値の向上や持続的成長を促すことにより、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図る責任を意味する。本コードは、機関投資家が、顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に入れ、『責任ある機関投資家』として当該『スチュワードシップ責任』を果たすに当たり有用と考えられる諸原則を定めるものである」と記載されています。

つまり、SSコードは機関投資家の責任を定めたものであり、機関投資家は顧客・受益者と投資先企業の双方を視野に入れて「スチュワードシップ責任」を果たす必要があるということが定められているわけです。

 

その中で、機関投資家と投資先企業との「対話」については、原則4にて以下のように定められています(下線は筆者)。

 

* * *

本コードの原則

 

投資先企業の持続的成長を促し、顧客・受益者の中長期的な投資リターンの拡大を図るために、

  1. 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たすための明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
  2. 機関投資家は、スチュワードシップ責任を果たす上で管理すべき利益相反について、明確な方針を策定し、これを公表すべきである。
  3. 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に向けてスチュワードシップ責任を適切に果たすため、当該企業の状況を的確に把握すべきである。
  4. 機関投資家は、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を通じて、投資先企業と認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。
  5. 機関投資家は、議決権の行使と行使結果の公表について明確な方針を持つとともに、議決権行使の方針については、単に形式的な判断基準にとどまるのではなく、投資先企業の持続的成長に資するものとなるよう工夫すべきである。
  6. 機関投資家は、議決権の行使も含め、スチュワードシップ責任をどのように果たしているのかについて、原則として、顧客・受益者に対して定期的に報告を行うべきである。
  7. 機関投資家は、投資先企業の持続的成長に資するよう、投資先企業やその事業環境等に関する深い理解のほか運用戦略に応じたサステナビリティの考慮に基づき、当該企業との対話やスチュワードシップ活動に伴う判断を適切に行うための実力を備えるべきである。
  8. 機関投資家向けサービス提供者は、機関投資家がスチュワードシップ責任を果たすに当たり、適切にサービスを提供し、インベストメント・チェーン全体の機能向上に資するものとなるよう努めるべきである。

* * *(引用終わり)

 

さらに、原則4の「指針」として、以下の5つが、会社と株主(機関投資家)との間の「対話」のポイントとして示されています(こちらも下線は筆者が重要と思う箇所に引いております)。

 

* * *

指針

 

4-1. 機関投資家は、中長期的視点から投資先企業の企業価値及び資本効率を高め、その持続的成長を促すことを目的とした対話を、投資先企業との間で建設的に行うことを通じて、当該企業と認識の共有を図るよう努めるべきである。なお、投資先企業の状況や当該企業との対話の内容等を踏まえ、当該企業の企業価値が毀損されるおそれがあると考えられる場合には、より十分な説明を求めるなど、投資先企業と更なる認識の共有を図るとともに、問題の改善に努めるべきである。

 

4-2. パッシブ運用は、投資先企業の株式を売却する選択肢が限られ、中長期的な企業価値の向上を促す必要性が高いことから、機関投資家は、パッシブ運用を行うに当たって、より積極的に中長期的視点に立った対話や議決権行使に取り組むべきである。

 

4-3. 以上を踏まえ、機関投資家は、実際に起こり得る様々な局面に応じ、投資先企業との間でどのように対話を行うのかなどについて、あらかじめ明確な方針を持つべきである。

 

4-4. 機関投資家が投資先企業との間で対話を行うに当たっては、単独でこうした対話を行うほか、必要に応じ、他の機関投資家と協働して対話を行うこと(集団的エンゲージメント)が有益な場合もあり得る

 

4-5. 一般に、機関投資家は、未公表の重要事実を受領することなく、公表された情報をもとに、投資先企業との建設的な「目的を持った対話」を行うことが可能である。また、「G20/OECD コーポレート・ガバナンス原則」や、これを踏まえて策定された東京証券取引所コーポレートガバナンス・コード」は、企業の未公表の重要事実の取扱いについて、株主間の平等を図ることを基本としている。投資先企業と対話を行う機関投資家は、企業がこうした基本原則の下に置かれていることを踏まえ、当該対話において未公表の重要事実を受領することについては、基本的には慎重に考えるべきである

* * *(引用終わり)

 

(3) SSコードとCGコードは車輪の両輪

 

SSコードでは、CGコードで定められた企業側の責務と機関投資家の責務とは「いわば『車の両輪』であり、「両者が適切に相まって質の高いコーポレートガバナンスが実現され、企業の持続的な成長と顧客・受益者の中長期的な投資リターンの確保が図られていくことが期待される」と説明されています。その上で、「本コードは、こうした観点から、機関投資家と投資先企業との間で建設的な『目的を持った対話』(エンゲージメント)が行われることを促すものであり、機関投資家が投資先企業の経営の細部にまで介入することを意図するものではない」との留保が付されており、機関投資家と投資先企業との建設的な「対話」の重要性が念押しされているように読めます。

 

3 対話ガイドライン

 

2018年6月1日のコーポレートガバナンス・コードの改訂と同時に、「投資家と企業の対話ガイドライン」なるものが策定されました。

 

■投資家と企業の対話ガイドライン

www.fsa.go.jp

 

対話ガイドラインはSSコード及びCGコードの「附属書類」として位置付けられています。

対話ガイドラインでは、以下の項目立ての下で投資家と企業の対話に関する指針が列挙されています。

  1. 経営環境の変化に対応した経営判断
  2. 投資戦略・財務管理の方針
  3. CEOの選解任・取締役会の機能発揮等
  4. 政策保有株式
  5. アセットオーナー

 

4 経営陣・取締役会が株主との対話のために果たすべきこと

 

SSコードでは、上記のとおり、機関投資家側の「対話」のポイントが具体的に列記されていますが、企業側のポイントは原則5-1及び補充原則5-1②で説明されています。

 

すなわち、原則5は「上場会社は、株主からの対話(面談)の申込みに対しては、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に資するよう、合理的な範囲で前向きに対応すべき」、「取締役会は、株主との建設的な対話を促進するための体制整備・取組みに関する方針を検討・承認し、開示すべき」と、会社とその取締役会の指針を示しています。

 

補充原則5-1①は、さらに具体的に、「株主との実際の対話(面談)の対応者」として経営陣や取締役等重役を挙げ、株主との対話がいかに重要であるかを示されていると読めます。

 

補充原則5-1②では、「株主との建設的な対話を促進するための方針」として記載すべき事項を列挙し、対話が実質的に実りのあるものになるよう工夫すべき旨が示されていると読めます。

補充原則5-1③は、対話の前提として、「上場会社は、必要に応じ、自らの株主構造の把握に努めるべき」ということが定められています。

 

5 株主のための経営戦略や経営計画の策定・公表

 

原則5-2は上場会社に対し、「経営戦略や経営計画の策定・公表に当たっては、自社の資本コストを的確に把握した上で、収益計画や資本政策の基本的な方針を示す」こと、「収益力・資本効率等に関する目標を提示し、その実現のために、事業ポートフォリオの見直しや、設備投資・研究開発投資・人材投資等を含む経営資源の配分等に関し具体的に何を実行するのかについて、株主に分かりやすい言葉・論理で明確に説明を行うこと」を求めています。

 

「資本コスト」については、原則1-4にも出てきた用語であり、「自社の資本コストを的確に把握した上で」という表現は2018年6月1日のCGコード改訂により新たに加わりました。

下記の記事で「資本コスト」に関するパブリックコメントに言及していますが、原則5-2の改訂については賛否両論の様相を呈しています。

 

コーポレートガバナンス・コード③〜基本原則1:株主の権利・平等性の確保/後編〜

crisismanager.hatenablog.com

 

批判としては、「『資本コストを的確に』把握することは、ファイナンスの専門家でも困難であり、一律に事業会社に対する規範として設けることは現実的ではない」、「原則5-2について、投資家の期待値を高め過ぎたり、数字に固執した本質的ではない議論にならないよう、『自社の資本コストを踏まえた収益計画や資本政策の基本方針を示す』程度の表現にとどめていただきたい」、「『自社の資本コストを把握し』という表現では、多くの企業が数値にのみ関心を向けてしまう可能性が高い。重要なことは、上場企業の経営陣が『資本コスト=投資家の期待収益率』という概念を理解し、様々な推計方法があることも理解した上で、『投資家の期待』に応える収益を上げるという認識を持つことである。そこで、『自社の資本コストについて十分に認識した上で』と表現を修正すべきである」等のコメントが寄せられています。

 

これらの批判に対しては、2018年3月26日付けの「コーポレートガバナンス・コードの改訂と投資家と企業の対話ガイドラインの策定について」、対話ガイドライン等の記載を引用しながら原則5-2の趣旨の解説がなされています。

 

コーポレートガバナンス・コード⑩〜基本原則4:取締役会等の責務/その4(会のクオリティ)〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則4の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則4の趣旨をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回はその4として原則4-11から4-14を取り上げます)。

 

* * *

【原則4-11.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】

取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである。また、監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり、特に、財務・会計に関する十分な知見を有している者が1名以上選任されるべきである。取締役会は、取締役会全体としての実効性に関する分析・評価を行うことなどにより、その機能の向上を図るべきである。

 

補充原則

4-11① 取締役会は、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである。

 

4-11② 社外取締役・社外監査役をはじめ、取締役・監査役は、その役割・責務を適切に果たすために必要となる時間・労力を取締役・監査役の業務に振り向けるべきである。こうした観点から、例えば、取締役・監査役が他の上場会社の役 員を兼任する場合には、その数は合理的な範囲にとどめるべきであり、上場会 社は、その兼任状況を毎年開示すべきである。

 

4-11③ 取締役会は、毎年、各取締役の自己評価なども参考にしつつ、取締役会全体 の実効性について分析・評価を行い、その結果の概要を開示すべきである。 

 

【原則4-12.取締役会における審議の活性化】

取締役会は、社外取締役による問題提起を含め自由闊達で建設的な議論・意見交換を尊ぶ気風の醸成に努めるべきである。

 

補充原則 

 

4-12① 取締役会は、会議運営に関する下記の取扱いを確保しつつ、その審議の活性化を図るべきである。

(i) 取締役会の資料が、会日に十分に先立って配布されるようにすること

(ii) 取締役会の資料以外にも、必要に応じ、会社から取締役に対して十分な情報が(適切な場合には、要点を把握しやすいように整理・分析された形で)提供されるようにすること

(iii)年間の取締役会開催スケジュールや予想される審議事項について決定しておくこと

(iv) 審議項目数や開催頻度を適切に設定すること

(v) 審議時間を十分に確保すること 

 

【原則4-13.情報入手と支援体制】

取締役・監査役は、その役割・責務を実効的に果たすために、能動的に情報を入手すべきであり、必要に応じ、会社に対して追加の情報提供を求めるべきである。

また、上場会社は、人員面を含む取締役・監査役の支援体制を整えるべきである。

取締役会・監査役会は、各取締役・監査役が求める情報の円滑な提供が確保されているかどうかを確認すべきである。

 

補充原則 

 

4-13① 社外取締役を含む取締役は、透明・公正かつ迅速・果断な会社の意思決定に資するとの観点から、必要と考える場合には、会社に対して追加の情報提供を求めるべきである。また、社外監査役を含む監査役は、法令に基づく調査権限 を行使することを含め、適切に情報入手を行うべきである。

 

4-13② 取締役・監査役は、必要と考える場合には、会社の費用において外部の専門家の助言を得ることも考慮すべきである。

 

4-13③ 上場会社は、内部監査部門と取締役・監査役との連携を確保すべきである。また、上場会社は、例えば、社外取締役・社外監査役の指示を受けて会社の情報を適確に提供できるよう社内との連絡・調整にあたる者の選任など、社外取締役や社外監査役に必要な情報を適確に提供するための工夫を行うべきである。

 

【原則4-14.取締役・監査役のトレーニング】

新任者をはじめとする取締役・監査役は、上場会社の重要な統治機関の一翼を担う者として期待される役割・責務を適切に果たすため、その役割・責務に係る理解を深めるとともに、必要な知識の習得や適切な更新等の研鑽に努めるべきである。このため、上場会社は、個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべきである。

 

補充原則

 

4-14① 社外取締役・社外監査役を含む取締役・監査役は、就任の際には、会社の事業・財務・組織等に関する必要な知識を取得し、取締役・監査役に求められる役割と責務(法的責任を含む)を十分に理解する機会を得るべきであり、就任後においても、必要に応じ、これらを継続的に更新する機会を得るべきである。

 

4-14② 上場会社は、取締役・監査役に対するトレーニングの方針について開示を行うべきである。

* * *(引用終わり) 

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2 取締役・監査役の適材適所

 

基本原則4の解説その1及びその2で取締役会・監査役会の役割・責務についてご説明しました。

 

コーポレートガバナンス・コード⑦〜基本原則4:取締役会等の責務/その1 (取締役・取締役会)〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード⑧〜基本原則4:取締役会等の責務/その2(監査役監査役会)〜

crisismanager.hatenablog.com

 

取締役会・監査役会が役割・責務を果たすためには、まともなメンバーを揃える必要があるということは、直感的に思い付くところかと思います。

 

ここでいう「まともな」取締役・監査役とはどのような意味でしょうか?

 

この点につき、原則4-11は、「取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべき」(ジェンダーや国際性といった例示は2018年6月1日の本コードの改訂で加わりました)、「監査役には、適切な経験・能力及び必要な財務・会計・法務に関する知識を有する者が選任されるべきであり、特に、財務・会計に関する十分な知見を有している者が1名以上選任されるべき」と述べています。

 

まず、知識、経験、能力がある人間を役員にしなければならないという点については、異議は出ないと思われます(役員としての必要な「知識」、「経験」、「能力」とは何かという点は議論の余地がありそうですが)。監査役について、財務・会計・法務に関する知見が必要という点も、取締役をモニタリングするためには最低限必要なスキルと考えられます。なお、補充原則4-14②では役員のトレーニングの文脈で知識等の取得の重要性を念押ししています。

 

次に、「ジェンダーや国際性の面を含む多様性」に言及されていますが、多様性(diversity)という言葉は、コーポレートガバナンス・コード原則2-4でも用いられており、以前の記事で日本と海外でのニュアンスの違い等について解説しております。

* * *

【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】

上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。

* * *(引用終わり)

 

コーポレートガバナンス・コード⑤〜基本原則2:株主以外のステークホルダーとの協働/後編〜

crisismanager.hatenablog.com

 

日本では、ダイバーシティ≒女性活躍といったイメージを持たれることが少なくなく、原則2-4でも「女性活躍促進」が多様性への修飾語として使われています。その理由については、個人的には、日本のビジネス界では男女の不均衡が大きな課題として依然として残存してしまっていることにあるのではないかと思います。

事実、下記内閣府のウェブサイトによると、2019年時点での上場企業の女性役員の割合は5.2%とのことであり、下記日経新聞を含むメディアでも他の先進国と比べて日本の女性管理職や女性役員の割合が低いことが指摘されています。

 

内閣府 男女共同参画局 「上場企業における女性役員の状況」

www.gender.go.jp

 

■2019年3月7日付け日本経済新聞 「世界の女性管理職比率は27%、ILO 日本はG7最低」

www.nikkei.com

 

補充原則4-11①では「取締役会は、取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべき」と定め、原則4-11のメンバーの資質等の確保を担保すべく、方針や手続の開示を要請しています。

取締役・監査役の他社役員の兼務状況(補充原則4-11②)や、取締役会の実効性分析/評価結果の概要(補充原則4-11③)の開示を要請していますが、開示させることで、開示内容に見合う実態を整えさせるという立て付けと見ることができます。

 

3 取締役・監査役の審議の活性化

 

取締役会及び監査役会にまともなメンバーを揃えた上で、そのメンバーがしっかり審議を行うことも重要であることには、特段異論は出ないでしょう。形だけ会を開いて世間話をして終わったり、議事録だけでっち上げたりするのは論外ですが、実質的な議論や問題点の炙り出しがなされない、波風の立たない会も会の存在意義が問われるでしょう。

 

原則4-12、補充原則4-12①では、審議の活性化のための手段を列記していると読めます。

 

4 取締役・監査役の情報入手

 

原則4-12での審議の活性化の前提として、取締役や監査役が必要十分な情報を入手しておく必要があります。監査役は法令に基づく調査権限を有していますが(会社法第381条等)、その講師も含めて、適切な情報入手を行うべきとされ(補充原則4-13①)、外部専門家からの助言の取得も一案として言及されています(補充原則4-13②)。

 

実務的に重要な点は監査役と内部監査部門との連携です(補充原則4-13③)。

内部監査は、三線ディフェンス(Three-line Defense)の第3線であり、営業などの第1線のみならず、法務やコンプライアンス部門等の第2線も監査する責務を負っています。

そのような内部監査部門は、監査役監査、会計監査と併せて「三様監査」の一角をなすものであり、監査のための聞き取り結果や取得情報は内部監査部門・監査役間で共有されることで、監査の効率化を図ることができます。

 

コーポレートガバナンス・コード⑥〜基本原則3:適切な情報開示と透明性の確保〜

crisismanager.hatenablog.com

 

5 取締役・監査役のトレーニン

 

原則4-14は「個々の取締役・監査役に適合したトレーニングの機会の提供・斡旋やその費用の支援を行うべきであり、取締役会は、こうした対応が適切にとられているか否かを確認すべき」と述べ、補充原則4-14②でトレーニングの方針を開示すべきと要請しています。

 

取締役・監査役メンバーのスキル等の確保、会議の活性化、必要な情報入手、取締役・監査役メンバーのトレーニング。

 

これらの目的は、会のクオリティの確保に尽きると考えられます。

 

そして、クオリティの高い取締役会、監査役会は、経営陣の横暴を予防するというコーポレートガバナンスの主眼に照らし、不可欠な要素と言えるでしょう。

コーポレートガバナンス・コード⑨〜基本原則4:取締役会等の責務/その3(独立社外取締役)〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則4の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則4の趣旨をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回はその3として原則4-6から4-10を取り上げます)。

 

* * *

 

【原則4-6.経営の監督と執行】

上場会社は、取締役会による独立かつ客観的な経営の監督の実効性を確保すべく、業務の執行には携わらない、業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用について検討すべきである。

 

【原則4-7.独立社外取締役の役割・責務】

上場会社は、独立社外取締役には、特に以下の役割・責務を果たすことが期待されることに留意しつつ、その有効な活用を図るべきである。

(i)経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと

(ii)経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと

(iii)会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること

(iv)経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること

 

【原則4-8.独立社外取締役の有効な活用】

独立社外取締役は会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上に寄与するように役割・責務を果たすべきであり、上場会社はそのような資質を十分に備えた独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべきである。

また、業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、上記にかかわらず、十分な人数の独立社外取締役を選任すべきである。

 

補充原則

 

4-8① 独立社外取締役は、取締役会における議論に積極的に貢献するとの観点から、例えば、独立社外者のみを構成員とする会合を定期的に開催するなど、独立した客観的な立場に基づく情報交換・認識共有を図るべきである。

 

4-8② 独立社外取締役は、例えば、互選により「筆頭独立社外取締役」を決定することなどにより、経営陣との連絡・調整や監査役または監査役会との連携に係る体制整備を図るべきである。

 

【原則4-9.独立社外取締役の独立性判断基準及び資質】

取締役会は、金融商品取引所が定める独立性基準を踏まえ、独立社外取締役となる者の独立性をその実質面において担保することに主眼を置いた独立性判断基準を策定・開示すべきである。また、取締役会は、取締役会における率直・活発で建設的な検討への貢献が期待できる人物を独立社外取締役の候補者として選定するよう努めるべきである。

 

【原則4-10.任意の仕組みの活用】

上場会社は、会社法が定める会社の機関設計のうち会社の特性に応じて最も適切な形態を採用するに当たり、必要に応じて任意の仕組みを活用することにより、統治機能の更なる充実を図るべきである。

 

補充原則

 

4-10① 上場会社が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であって、独立社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合には、経営陣幹部・取締役の指名・報酬などに係る取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するため、取締役会の下に独立社外取締役を主要な構成員とする任意の指名委員会・報酬委員会など、独立した諮問委員会を設置することにより、指名・報酬などの特に重要な事項に関する検討に当たり独立社外取締役の適切な関与・助言を得るべきである。

* * *(引用終わり) 

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2 独立社外取締役とは?

 

原則4-6で「上場会社は、取締役会による独立かつ客観的な経営の監督の実効性を確保すべく、業務の執行には携わらない、業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用について検討すべきである」と述べ、業務執行取締役以外の取締役に“経営の監督”を担わせることの必要性を指摘しています。

 

そのような監督機能を求められる取締役の最たるものが独立社外取締役です。

 

「独立社外取締役」とは何か?

 

用語が頻出するにもかかわらず、コーポレートガバナンス・コードの中に独立社外取締役の定義はありません。

 

(1) 社外取締役の定義

 

社外取締役」は、会社法第2条第15号で以下の全てに該当する株式会社の取締役をいうと定義されています。

* * *

(i) 当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役(株式会社の会社法363条第1項各号に掲げる取締役及び当該株式会社の業務を執行したその他の取締役をいう。以下同じ。)若しくは執行役又は支配人その他の使用人(以下「業務執行取締役等」という。)でなく、かつ、その就任の前10年間当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役等であったことがないこと。

(ii) その就任の前10年内のいずれかの時において当該株式会社又はその子会社の取締役、会計参与(会計参与が法人であるときは、その職務を行うべき社員)又は監査役であったことがある者(業務執行取締役等であったことがあるものを除く。)にあっては、当該取締役、会計参与又は監査役への就任の前10年間当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役等であったことがないこと。

(iii) 当該株式会社の親会社等(自然人であるものに限る。)又は親会社等の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の使用人でないこと。

(iv) 当該株式会社の親会社等の子会社等(当該株式会社及びその子会社を除く。)の業務執行取締役等でないこと。

(v) 当該株式会社の取締役若しくは執行役若しくは支配人その他の重要な使用人又は親会社等(自然人であるものに限る。)の配偶者又は二親等内の親族でないこと。

 * * *(引用終わり)

なお、下記記事でも社外取締役の定義を掲載していますが、これは、日本取引所が確保を要請している「独立役員」の説明の文脈で説明しています。独立役員は「一般株主と利益相反が生じるおそれのない社外取締役又は社外監査役」と定義されており、社外取締役と社外監査役の両方が含まれている点で独立社外取締役と一致するものではありません。

 

■不祥事対応のプリンシプル③〜原則1:根本原因はパンドラの箱の中?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

■独立役員の確保

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(2) 独立社外取締役の「独立性」

 

では、独立社外取締役の「独立」とはどういう意味なのでしょうか?

 

この点に関し、原則4-9では、「独立社外取締役の独立性判断基準及び資質」との表題の下で、「取締役会は、金融商品取引所が定める独立性基準を踏まえ、独立社外取締役となる者の独立性をその実質面において担保することに主眼を置いた独立性判断基準を策定・開示すべき」と記載しています。

 

この説明は2つの内容を含んでいると読めます。

 

1つ目は、金融商品取引所が定める独立性基準を踏まえ」る必要があるということです。

東京証券取引所の「独立役員の確保に係る実務上の留意事項(2020年2月改訂版)」では「『一般株主と利益相反が生ずるおそれがない者』であるか否かは上場会社において実質的に判断する必要がありますが、例えば、独立役員として届け出ようとする者が、経営陣から著しいコントロールを受け得る者である場合や、経営陣に対して著しいコントロールを及ぼし得る者である場合には、一般株主との利益相反が生じるおそれがあり、独立役員の要件である『一般株主と利益相反の生じるおそれがない者』には該当しない可能性が高いと考えられます。」、「東証は、『上場管理等に関するガイドライン』において、東証が一般株主と利益相反の生じるおそれがあると判断する場合の判断要素(独立性基準)を規定しており、独立性基準に抵触する場合には、独立役員として届け出ることができません。」と説明しています。

その上で、東証の「上場管理等に関するガイドライン」III5.(3)の2に列挙された下記のケースでは、類型的に一般株主と利益相反の生じるおそれがある場合があると解説し(独立性基準)、「独立性基準に抵触しない場合であっても、上場会社における実質的な判断の結果『一般株主と利益相反が生ずるおそれがない』とはいえない場合には、独立役員の要件を満たさない点に留意が必要です。」と付言しています。

* * *

a 当該会社を主要な取引先とする者若しくはその業務執行者又は当該会社の主要な取引先若しくはその業務執行者

b 当該会社から役員報酬以外に多額の金銭その他の財産を得ているコンサルタント、会計専門家又は法律専門家(当該財産を得ている者が法人、組合等の団体である場合は、当該団体に所属する者をいう。)

c 最近においてa又は前bに該当していた者

cの2 その就任の前10年以内のいずれかの時において次の(a)又は(b)に該当していた者

(a) 当該会社の親会社の業務執行者(業務執行者でない取締役を含み、社外監査役を独立役員として指定する場合にあっては、監査役を含む。)

(b) 当該会社の兄弟会社の業務執行者

d 次の(a)から(f)までのいずれかに掲げる者(重要でない者を除く。)の近親者

(a) aから前cの2までに掲げる者

(b) 当該会社の会計参与(社外監査役を独立役員として指定する場合に限る。当該会計参与が法人である場合は、その職務を行うべき社員を含む。以下同じ。)

(c) 当該会社の子会社の業務執行者(社外監査役を独立役員として指定する場合にあっては、業務執行者でない取締役又は会計参与を含む。)

(d) 当該会社の親会社の業務執行者(業務執行者でない取締役を含み、社外監査役を独立役員として指定する場合にあっては、監査役を含む。)

(e) 当該会社の兄弟会社の業務執行者

(f) 最近において(b)、(c)又は当該会社の業務執行者(社外監査役を独立役員として指定する場合にあっては、業務執行者でない取締役)に該当していた者

* * *(引用終わり)

 

2つ目は、取締役会が「独立社外取締役となる者の独立性をその実質面において担保することに主眼を置いた独立性判断基準を策定・開示」する必要があるということです。

これは、会社として、自社が独立性をどう判断するかという基準を作って開示しなければならないということであり、東証の上記独立性基準に丸ごと従う場合であっても、その旨を自社として決定して開示する必要があると考えられます。

例えば、三菱商事はホームページにおいて、「社外監査役選任基準」の独立性の考え方として、「(株)東京証券取引所等、国内の金融商品取引所が定める独立役員の要件に加え、本人の現在及び過去3事業年度における以下①〜⑦の該当の有無を確認の上、独立性を判断する。」と開示しています。

* * *

①当社の大株主(直接・間接に10%以上の議決権を保有する者)またはその業務執行者(※1)

※1業務執行者とは、業務執行取締役、執行役、執行役員その他の使用人等をいう(以下同様)。

②当社の定める基準を超える借入先(※2)の業務執行者

※2当社の定める基準を超える借入先とは、当社の借入額が連結総資産の2%を超える借入先をいう。

③当社の定める基準を超える取引先(※3)の業務執行者

※3当社の定める基準を超える取引先とは、当社との取引額が当社連結収益の2%を超える取引先をいう。

④当社より、役員報酬以外に1事業年度当たり1,000万円を超える金銭その他の財産上の利益を得ているコンサルタント、弁護士、公認会計士等の専門的サービスを提供する者

⑤当社の会計監査人の代表社員または社員

⑥当社より、一定額を超える寄附(※4)を受けた団体に属する者

※4一定額を超える寄附とは、1事業年度当たり2,000万円を超える寄附をいう。

⑦当社の社外役員としての任期が8年を超える者

なお、上記①~⑦のいずれかに該当する場合であっても、当該人物が実質的に独立性を有すると判断した場合には、社外役員選任時にその理由を説明・開示する。

* * *(引用終わり)

 

三菱商事株式会社 コーポレート・ガバナンスに対する取組〜持続的成長を支える三菱商事のコーポレート・ガバナンス体制〜

www.mitsubishicorp.com

 

3 独立社外取締役の果たすべきこと

 

(1) 独立社外取締役の役割・責務

 

独立社外取締役にはどのような役割・責務を果たすことが期待されているのでしょうか?

 

原則4-7では「独立社外取締役の役割・責務」として、以下の4つが列挙されています。

  • 経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと
  • 経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと
  • 会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること
  • 経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること

 

独立性ゆえに期待されている役割として、経営陣へのモニタリング(選解任、意思決定、利益相反の有無)は特に重要なものと考えられます。

経営者(代表取締役、代表執行役等)をモニタリングするというのは取締役会に期待された役割でもあることは以前ご説明したとおりです(原則4-3をご参照ください)が、その取締役会の中で、独立社外取締役は特に積極的にモニタリングを行うことが期待されると考えられます。

 

* * *

【原則4-3.取締役会の役割・責務(3)】

取締役会は、独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、適切に会社の業績等の評価を行い、その評価を経営陣幹部の人事に適切に反映すべきである。

また、取締役会は、適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに、内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。

更に、取締役会は、経営陣・支配株主等の関連当事者と会社との間に生じ得る利益相反を適切に管理すべきである。

* * *(引用終わり)

 

コーポレートガバナンス・コード⑧〜基本原則4:取締役会等(監査役監査役会)の責務/その2〜

crisismanager.hatenablog.com

 

(2) 独立社外取締役の立て付けと体制整備

 

会社法社外取締役を選任しなければならないケースとしては以下の定めがあり、通常の取締役会設置会社というだけで、法律上一律社外取締役の選任が必要というわけではありません。

現行の会社法第327条の2では、金融商品取引法の適用会社である監査役設置会社(公開会社かつ大会社)において社外取締役を設置しない場合には、当該会社の取締役は、定時株主総会において、社外取締役を設置することが相当でない理由を説明しなければならないとされていますが、会社法改正により遅くとも2021年6月までには金融商品取引法の適用会社である監査役設置会社(公開会社かつ大会社)において社外取締役の設置が義務付けられることになります(改正会社法第327条の2)。

 

法務省 会社法の一部を改正する法律案(可決成立日2019年12月4日)

www.moj.go.jp

 

会社法上の立て付けとは別物として、原則4-8において「上場会社はそのような資質を十分に備えた独立社外取締役を少なくとも2名以上選任すべき」、「業種・規模・事業特性・機関設計・会社をとりまく環境等を総合的に勘案して、少なくとも3分の1以上の独立社外取締役を選任することが必要と考える上場会社は、上記にかかわらず、十分な人数の独立社外取締役を選任すべき」と定められています。

こちらはあくまでもコンプライアンス・コードの原則なので、選任する義務はありませんが、従わない場合にはその理由を説明する必要があります(コンプライ・オア・エクスプレイン)。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What’s this?〜

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補充原則4-8①では、「独立社外者のみを構成員とする会合を定期的に開催するなど、独立した客観的な立場に基づく情報交換・認識共有を図るべき」、補充原則4-8②では、「独立社外取締役は、例えば、互選により『筆頭独立社外取締役』を決定することなどにより、経営陣との連絡・調整や監査役または監査役会との連携に係る体制整備を図るべき」と定め、独立社外取締役に関する体制整備等についてやるべきことを示しています。

 

4 任意の仕組み

 

ここまで会社法上の立て付けをいくつかご紹介してきましたが、原則4-10では、「会社法が定める会社の機関設計のうち会社の特性に応じて最も適切な形態を採用するに当たり、必要に応じて任意の仕組みを活用することにより、統治機能の更なる充実を図るべき」とし、会社ごとに最適な機関設計を検討することの必要性を説いています。

具体的には、補充原則4-10①で任意の指名委員会・報酬委員会など独立した諮問委員会を設置することを例示しています。

コーポレートガバナンス・コード⑧〜基本原則4:取締役会等の責務/その2(監査役・監査役会)〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則4の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

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コーポレートガバナンス・コード

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今回取り上げる基本原則4の趣旨をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回はその2として原則4-4及び原則4-5を取り上げます)。

 

* * *

【原則4-4.監査役及び監査役会の役割・責務】

監査役及び監査役会は、取締役の職務の執行の監査、外部会計監査人の選解任や監査報酬に係る権限の行使などの役割・責務を果たすに当たって、株主に対する受託者責任を踏まえ、独立した客観的な立場において適切な判断を行うべきである。

また、監査役及び監査役会に期待される重要な役割・責務には、業務監査・会計監査をはじめとするいわば「守りの機能」があるが、こうした機能を含め、その役割・責務を十分に果たすためには、自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、能動的・積極的に権限を行使し、取締役会においてあるいは経営陣に対して適切に意見を述べるべきである。

 

補充原則

4-4① 監査役会は、会社法により、その半数以上を社外監査役とすること及び常勤の監査役を置くことの双方が求められていることを踏まえ、その役割・責務を十分に果たすとの観点から、前者に由来する強固な独立性と、後者が保有する高度な情報収集力とを有機的に組み合わせて実効性を高めるべきである。また、監査役または監査役会は、社外取締役が、その独立性に影響を受けることなく情報収集力の強化を図ることができるよう、社外取締役との連携を確保すべきである。

 

【原則4-5.取締役・監査役等の受託者責任】

上場会社の取締役・監査役及び経営陣は、それぞれの株主に対する受託者責任を認識し、ステークホルダーとの適切な協働を確保しつつ、会社や株主共同の利益のために行動すべきである。

* * *(引用終わり) 

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2 日本の会社法における「監査役」及び「監査役会

 

基本原則4は「取締役会等の責務」と銘打って、取締役会の役割・責務を中心に説明していますが、「考え方」にて監査役監査役会についても言及しています。

すなわち、監査役会設置会社という日本独自の制度の説明として、「監査役は、取締役・経営陣等の職務執行の監査を行うこととされており法律に基づく調査権限が付与されている。また、独立性と高度な情報収集能力の双方を確保すべく、監査役株主総会で選任)の半数以上は社外監査役とし、かつ常勤の監査役を置くこととされている。」と記載されています。

 

日本の監査役制度の概要は、下記の日本監査役協会のウェブサイトに図解入りで分かりやすく解説されています。

 

■日本監査役協会 日本の監査役制度(図解)

www.kansa.or.jp

 

3 監査役及び監査役会の果たすべきこと

 

会社法第381条から第386条は、監査役の権限及び義務については以下のとおり定めています。

* * *

会社法

監査役の権限)

第三百八十一条 監査役は、取締役(会計参与設置会社にあっては、取締役及び会計参与)の職務の執行を監査する。この場合において、監査役は、法務省令で定めるところにより、監査報告を作成しなければならない。

2 監査役は、いつでも、取締役及び会計参与並びに支配人その他の使用人に対して事業の報告を求め、又は監査役設置会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる。

3 監査役は、その職務を行うため必要があるときは、監査役設置会社の子会社に対して事業の報告を求め、又はその子会社の業務及び財産の状況の調査をすることができる。

4 前項の子会社は、正当な理由があるときは、同項の報告又は調査を拒むことができる。

(取締役への報告義務)

第三百八十二条 監査役は、取締役が不正の行為をし、若しくは当該行為をするおそれがあると認めるとき、又は法令若しくは定款に違反する事実若しくは著しく不当な事実があると認めるときは、遅滞なく、その旨を取締役(取締役会設置会社にあっては、取締役会)に報告しなければならない。

(取締役会への出席義務等)

第三百八十三条 監査役は、取締役会に出席し、必要があると認めるときは、意見を述べなければならない。ただし、監査役が二人以上ある場合において、第三百七十三条第一項の規定による特別取締役による議決の定めがあるときは、監査役の互選によって、監査役の中から特に同条第二項の取締役会に出席する監査役を定めることができる。

2 監査役は、前条に規定する場合において、必要があると認めるときは、取締役(第三百六十六条第一項ただし書に規定する場合にあっては、招集権者)に対し、取締役会の招集を請求することができる。

3 前項の規定による請求があった日から五日以内に、その請求があった日から二週間以内の日を取締役会の日とする取締役会の招集の通知が発せられない場合は、その請求をした監査役は、取締役会を招集することができる。

4 前二項の規定は、第三百七十三条第二項の取締役会については、適用しない。

株主総会に対する報告義務)

第三百八十四条 監査役は、取締役が株主総会に提出しようとする議案、書類その他法務省令で定めるものを調査しなければならない。この場合において、法令若しくは定款に違反し、又は著しく不当な事項があると認めるときは、その調査の結果を株主総会に報告しなければならない。

監査役による取締役の行為の差止め)

第三百八十五条 監査役は、取締役が監査役設置会社の目的の範囲外の行為その他法令若しくは定款に違反する行為をし、又はこれらの行為をするおそれがある場合において、当該行為によって当該監査役設置会社に著しい損害が生ずるおそれがあるときは、当該取締役に対し、当該行為をやめることを請求することができる。

2 前項の場合において、裁判所が仮処分をもって同項の取締役に対し、その行為をやめることを命ずるときは、担保を立てさせないものとする。

監査役設置会社と取締役との間の訴えにおける会社の代表等)

第三百八十六条 第三百四十九条第四項、第三百五十三条及び第三百六十四条の規定にかかわらず、次の各号に掲げる場合には、当該各号の訴えについては、監査役監査役設置会社を代表する。

一 監査役設置会社が取締役(取締役であった者を含む。以下この条において同じ。)に対し、又は取締役が監査役設置会社に対して訴えを提起する場合

二 株式交換等完全親会社(第八百四十九条第二項第一号に規定する株式交換等完全親会社をいう。次項第三号において同じ。)である監査役設置会社がその株式交換等完全子会社(第八百四十七条の二第一項に規定する株式交換等完全子会社をいう。次項第三号において同じ。)の取締役、執行役(執行役であった者を含む。以下この条において同じ。)又は清算人(清算人であった者を含む。以下この条において同じ。)の責任(第八百四十七条の二第一項各号に掲げる行為の効力が生じた時までにその原因となった事実が生じたものに限る。)を追及する訴えを提起する場合

三 最終完全親会社等(第八百四十七条の三第一項に規定する最終完全親会社等をいう。次項第四号において同じ。)である監査役設置会社がその完全子会社等(同条第二項第二号に規定する完全子会社等をいい、同条第三項の規定により当該完全子会社等とみなされるものを含む。次項第四号において同じ。)である株式会社の取締役、執行役又は清算人に対して特定責任追及の訴え(同条第一項に規定する特定責任追及の訴えをいう。)を提起する場合

2 第三百四十九条第四項の規定にかかわらず、次に掲げる場合には、監査役監査役設置会社を代表する。

一 監査役設置会社が第八百四十七条第一項、第八百四十七条の二第一項若しくは第三項(同条第四項及び第五項において準用する場合を含む。)又は第八百四十七条の三第一項の規定による請求(取締役の責任を追及する訴えの提起の請求に限る。)を受ける場合

二 監査役設置会社が第八百四十九条第四項の訴訟告知(取締役の責任を追及する訴えに係るものに限る。)並びに第八百五十条第二項の規定による通知及び催告(取締役の責任を追及する訴えに係る訴訟における和解に関するものに限る。)を受ける場合

三 株式交換等完全親会社である監査役設置会社が第八百四十七条第一項の規定による請求(前項第二号に規定する訴えの提起の請求に限る。)をする場合又は第八百四十九条第六項の規定による通知(その株式交換等完全子会社の取締役、執行役又は清算人の責任を追及する訴えに係るものに限る。)を受ける場合

四 最終完全親会社等である監査役設置会社が第八百四十七条第一項の規定による請求(前項第三号に規定する特定責任追及の訴えの提起の請求に限る。)をする場合又は第八百四十九条第七項の規定による通知(その完全子会社等である株式会社の取締役、執行役又は清算人の責任を追及する訴えに係るものに限る。)を受ける場合

* * *(引用終わり)

 

■日本監査役協会 監査役関連法令

www.kansa.or.jp

 

監査役及び監査役会の業務は文字通り業務監査・会計監査等の「監査」がメインですが、原則4-4によると、単に定期的な監査をルーティンとして行うだけでは足りず、「監査役及び監査役会に期待される重要な役割・責務には、業務監査・会計監査をはじめとするいわば『守りの機能』があるが、こうした機能を含め、その役割・責務を十分に果たすためには、自らの守備範囲を過度に狭く捉えることは適切でなく、能動的・積極的に権限を行使し、取締役会においてあるいは経営陣に対して適切に意見を述べるべき」とされています。

 

これは「守り」に見える業務であっても、そのスタンスとしては能動性・積極性が求められるということを述べていると読め、法務等バックオフィスにも通じるキーフレーズであるように思います。

 

4 受託者責任とは何か?

 

原則4-4及び4-5では「受託者責任」という言葉が出てきます。

すなわち、原則4-4では、監査役及び監査役会が「株主に対する受託者責任を踏まえ、独立した客観的な立場において適切な判断を行うべき」と定めており、原則4-5は「上場会社の取締役・監査役及び経営陣は、それぞれの株主に対する受託者責任を認識し、ステークホルダーとの適切な協働を確保しつつ、会社や株主共同の利益のために行動すべき」と定めています。

 

受託者責任とは、英語の「Fiduciary duty」の和訳で、受託者(投資信託や年金の制度設計、資産の運用に携わる者)が受益者に対して果たすべき責任と義務を意味するとされています。狭義では投資信託の世界等で使われている言葉です。

 

野村證券 証券用語解説集:受託者責任

www.nomura.co.jp

 

上記の原則4-4及び4-5は、この考え方を株主と役員(取締役・監査役)との関係に当てはめていると読むことができます。

 

2016年2月26日付け日本経済新聞の記事にて、樋口範雄教授の「依頼者の利益を常に優先する忠実義務や、自分の仕事のプロセスを相手にしっかりと説明する義務を問われる」、「日本人がグローバル化の掛け声の下、信認関係を抜きにした米国流の契約を表面的に受け入れた結果のゆがみが表れてきた」とのコメントが引用されていますが、株主を委託者、役員を受託者と考える受託者責任という考え方は、「会社は誰のものか?」というコーポレートガバナンスの根本的な問いに遡るべき根深い論点と言えそうです。

 

■2016年2月26日付け日本経済新聞 「不祥事なぜ相次ぐ 日本に足りない『受託者責任』」

www.nikkei.com

 

コーポレートガバナンス・コード⑦〜基本原則4:取締役会等の責務/その1 (取締役・取締役会)〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則4の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則4の趣旨をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回はその1として原則4-1から4-3を取り上げます)。

 

* * *

【基本原則4】

上場会社の取締役会は、株主に対する受託者責任・説明責任を踏まえ、会社の持続的成長と中長期的な企業価値の向上を促し、収益力・資本効率等の改善を図るべく、

(1) 企業戦略等の大きな方向性を示すこと
(2) 経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと
(3) 独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと

をはじめとする役割・責務を適切に果たすべきである。

こうした役割・責務は、監査役会設置会社(その役割・責務の一部は監査役及び監査役会が担うこととなる)、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社など、いずれの機関設計を採用する場合にも、等しく適切に果たされるべきである。

 

考え方

 

上場会社は、通常、会社法(平成26年改正後)が規定する機関設計のうち主要な3種類(監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社)のいずれかを選択することとされている。前者(監査役会設置会社)は、取締役会と監査役監査役会に統治機能を担わせる我が国独自の制度である。その制度では、監査役は、取締役・経営陣等の職務執行の監査を行うこととされており、法律に基づく調査権限が付与されている。また、独立性と高度な情報収集能力の双方を確保すべく、監査役(株主総会で選任)の半数以上は社外監査役とし、かつ常勤の監査役を置くこととされている。後者の2つは、取締役会に委員会を設置して一定の役割を担わせることにより監督機能の強化を目指すものであるという点において、諸外国にも類例が見られる制度である。上記の3種類の機関設計のいずれを採用する場合でも、重要なことは、創意工夫を施すことによりそれぞれの機関の機能を実質的かつ十分に発揮させることである。

また、本コードを策定する大きな目的の一つは、上場会社による透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を促すことにあるが、上場会社の意思決定のうちには、外部環境の変化その他の事情により、結果として会社に損害を生じさせることとなるものが無いとは言い切れない。その場合、経営陣・取締役が損害賠償責任を負うか否かの判断に際しては、一般的に、その意思決定の時点における意思決定過程の合理性が重要な考慮要素の一つとなるものと考えられるが、本コードには、ここでいう意思決定過程の合理性を担保することに寄与すると考えられる内容が含まれており、本コードは、上場会社の透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を促す効果を持つこととなるものと期待している。

 

【原則4-1.取締役会の役割・責務(1)】

取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)を確立し、戦略的な方向付けを行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、具体的な経営戦略や経営計画等について建設的な議論を行うべきであり、重要な業務執行の決定を行う場合には、上記の戦略的な方向付けを踏まえるべきである。

 

補充原則 

4-1① 取締役会は、取締役会自身として何を判断・決定し、何を経営陣に委ねるのかに関連して、経営陣に対する委任の範囲を明確に定め、その概要を開示すべきである。

 

4-1② 取締役会・経営陣幹部は、中期経営計画も株主に対するコミットメントの一つであるとの認識に立ち、その実現に向けて最善の努力を行うべきである。仮に、中期経営計画が目標未達に終わった場合には、その原因や自社が行った対応の内容を十分に分析し、株主に説明を行うとともに、その分析を次期以降の計画に反映させるべきである。

 

4-1③ 取締役会は、会社の目指すところ(経営理念等)や具体的な経営戦略を踏まえ、最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用に主体的に関与するとともに、後継者候補の育成が十分な時間と資源をかけて計画的に行われていくよう、適切に監督を行うべきである。

 

【原則4-2.取締役会の役割・責務(2)】

取締役会は、経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、経営陣からの健全な企業家精神に基づく提案を歓迎しつつ、説明責任の確保に向けて、そうした提案について独立した客観的な立場において多角的かつ十分な検討を行うとともに、承認した提案が実行される際には、経営陣幹部の迅速・果断な意思決定を支援すべきである。

また、経営陣の報酬については、中長期的な会社の業績や潜在的リスクを反映させ、健全な企業家精神の発揮に資するようなインセンティブ付けを行うべきである。

 

補充原則

4-2① 取締役会は、経営陣の報酬が持続的な成長に向けた健全なインセンティブとして機能するよう、客観性・透明性ある手続に従い、報酬制度を設計し、具体的な報酬額を決定すべきである。その際、中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである。

 

【原則4-3.取締役会の役割・責務(3)】

取締役会は、独立した客観的な立場から、経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うことを主要な役割・責務の一つと捉え、適切に会社の業績等の評価を行い、その評価を経営陣幹部の人事に適切に反映すべきである。

また、取締役会は、適時かつ正確な情報開示が行われるよう監督を行うとともに、内部統制やリスク管理体制を適切に整備すべきである。

更に、取締役会は、経営陣・支配株主等の関連当事者と会社との間に生じ得る利益相反を適切に管理すべきである。

 

補充原則 

4-3① 取締役会は、経営陣幹部の選任や解任について、会社の業績等の評価を踏まえ、公正かつ透明性の高い手続に従い、適切に実行すべきである。

 

4-3② 取締役会は、CEOの選解任は、会社における最も重要な戦略的意思決定であることを踏まえ、客観性・適時性・透明性ある手続に従い、十分な時間と資源をかけて、資質を備えたCEOを選任すべきである。

 

4-3③ 取締役会は、会社の業績等の適切な評価を踏まえ、CEOがその機能を十分発揮していないと認められる場合に、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続を確立すべきである。

 

4-3④ コンプライアンスや財務報告に係る内部統制や先を見越したリスク管理体制の整備は、適切なリスクテイクの裏付けとなり得るものであるが、取締役会は、これらの体制の適切な構築や、その運用が有効に行われているか否かの監督に重点を置くべきであり、個別の業務執行に係るコンプライアンスの審査に終始すべきではない。

* * *(引用終わり)

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2 日本の会社法における「取締役会」

 

基本原則4は大上段のプリンシプルとして、上場会社の取締役会が果たすべき事項について、(i)企業戦略等の大きな方向性を示すこと、(ii)経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと、及び(iii)独立した客観的な立場から、経営陣(執行役及びいわゆる執行役員を含む)・取締役に対する実効性の高い監督を行うことを例示列挙しています。

 

「考え方」に示されているとおり、会社法上3つの主要な会社の機関設計として、監査役会設置会社、指名委員会等設置会社、監査等委員会設置会社がありますが、いずれの形態を採用しても、上記取締役会の責務は等しく適切に果たされるべきとされています(監査役会設置会社は日本独自の伝統的な形態であるのに対し、指名委員会等設置会社及び監査等委員会設置会社アメリカの株式会社に類似したもので、取締役会の経営者(CEO等)に対する監督権限を強化したモデルとされています。詳細は下記ウェブサイトをご参照ください。)。

 

日本公認会計士協会 監査役会設置会社

jicpa.or.jp

 

日本公認会計士協会 指名委員会等設置会社

jicpa.or.jp

 

日本公認会計士協会 監査等委員会設置会社

jicpa.or.jp

 

基本原則4の「考え方」には、「上場会社の意思決定のうちには、外部環境の変化その他の事情により、結果として会社に損害を生じさせることとなるものが無いとは言い切れない。その場合、経営陣・取締役が損害賠償責任を負うか否かの判断に際しては、一般的に、その意思決定の時点における意思決定過程の合理性が重要な考慮要素の一つとなるものと考えられる」とさらりと書いていますが、これは、取締役が会社に対して善管注意義務民法第644条)及び忠実義務(会社法第355条)を負っており、これらの義務違反により会社に損害を与えてしまった場合には、会社に対して損害賠償義務を負い得るという立場にあり、しかもその判断を普段は同僚の立場にあるメンバーで構成される取締役会が行うということを含意しています。

 

■Money Forward 取締役の法的な責任とは

biz.moneyforward.com

 

同僚の取締役に対して損害賠償請求を行う取締役会メンバーが何らの心理的動揺もなく機械のように判断をできるかというと、おそらくNoだと思います。仲間意識から忖度してしまったり、明日は我が身と考え厳しい判断を躊躇ってしまったりする可能性はゼロではないでしょう。

「本コードには、ここでいう意思決定過程の合理性を担保することに寄与すると考えられる内容が含まれており、本コードは、上場会社の透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を促す効果を持つこととなるものと期待している。」という「考え方」は、取締役会における意思決定過程が合理的なものになるためのヒントが含まれていると考えることができそうです。

 

3 取締役会の果たすべきこと

 

(1) 重要な業務執行の決定

 

会社法第362条第4項は、取締役会が(代表)取締役に委任できず、取締役会で決議しなければならない事項について、以下のとおり定めています。

* * *

会社法

(取締役会の権限等)

第三百六十二条 取締役会は、すべての取締役で組織する。

2 取締役会は、次に掲げる職務を行う。

一 取締役会設置会社の業務執行の決定

二 取締役の職務の執行の監督

三 代表取締役の選定及び解職

3 取締役会は、取締役の中から代表取締役を選定しなければならない。

4 取締役会は、次に掲げる事項その他の重要な業務執行の決定を取締役に委任することができない。

一 重要な財産の処分及び譲受け

二 多額の借財

三 支配人その他の重要な使用人の選任及び解任

四 支店その他の重要な組織の設置、変更及び廃止

五 第六百七十六条第一号に掲げる事項その他の社債を引き受ける者の募集に関する重要な事項として法務省令で定める事項

六 取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制の整備

七 第四百二十六条第一項の規定による定款の定めに基づく第四百二十三条第一項の責任の免除

5 大会社である取締役会設置会社においては、取締役会は、前項第六号に掲げる事項を決定しなければならない。

* * *(引用終わり)

 

補充原則4-1では、取締役会の主要な役割・責務として「会社の目指すところ(経営理念等)を確立し、戦略的な方向付けを行うこと」を掲げた上で、「重要な業務執行の決定を行う場合には、上記の戦略的な方向付けを踏まえるべき」と述べていますが、ここでいう「重要な業務執行の決定」は、取締役会決議事項を想定していると読めます(「具体的な経営戦略や経営計画等について建設的な議論を行うべき」という点も当然といえば当然やるべきことですが、それを確認的に規定しているものと解釈することができそうです。)。

 

補充原則4-1①は、取締役会決議事項以外の事項のうち、何を経営陣に委ねるか、委任の範囲を明確化すべきという、これも当然やるべきことが確認的に規定されています。

むしろ、補充原則4-1②の「中期経営計画」、補充原則4-1③の「最高経営責任者(CEO)等の後継者計画(プランニング)の策定・運用」は、会社法の規定云々の話ではなく、よりpracticalなTo do事項が定められています。

 

(2) リスクテイクを支える環境整備

 

不祥事対応やコンプライアンスの文脈では、リスクはできる限り低減し、回避すべきものであるという考え方がよく出てきます。

しかし、企業経営においては、企業価値の最大化という究極的な目的に向けて、時に果敢なリスクテイクを行わなければ道が拓けないこともあると思います。

 

例えば、IntelにはかつてEleven Values、Six Valuesという基本的な価値観がありましたが、その価値観の中にRisk Takingが含まれていました(スティーブ・ジョブズスティーブ・ウォズニアックを描いた漫画「スティーブズ」第1巻第1話で、彼らがIntelからDRAMを入手するシーンでもIntelのRisk Takingに関する考え方が鮮烈に紹介されています。)。Intelの現在のHP上では、「Fearless」という項目の中に「We are bold and innovative. We take risks, fail fast, and learn from mistakes to be better, faster, and smarter next time.」と記載されており、Take risksという点が価値として掲げられています。

 

■スティーブズ

ebookjapan.yahoo.co.jp

 

Intel Intel’s Value

www.intel.com

 

原則4-2では、「経営陣幹部による適切なリスクテイクを支える環境整備を行うこと」を取締役会の主要な役割・責務として掲げています。単なるリスクテイクではなく、「適切な」リスクテイク、単なる企業家精神ではなく「健全な」起業家精神と形容詞を伴っている点がポイントで、無謀で無計画なリスクの甘受を推奨しているわけではありません。

経営陣のインセンティブ報酬についても言及していますが、経営陣がどうすれば適切なリスクテイクをできるか、どうすれば健全な企業家精神を発揮できるか報酬制度をきちんと設計することを取締役会に求めていると読めます。補充原則4-2①は「中長期的な業績と連動する報酬の割合や、現金報酬と自社株報酬との割合を適切に設定すべきである」と具体的な話を入れ込んでいますが、これは経営陣が目先のインセンティブに目が眩まないように、というような単純なものではなく、経営陣を「適切な」リスクテイクに導くようなインセンティブ付けの最適バランスを取締役会として熟考しなければならないという難題を提示しているのだと思います。

 

(3) 経営陣へのモニタリング

 

原則4-3では、「経営陣・取締役に対する実効性の高い監督を行うこと」を取締役の主要な役割・責務として掲げています。

具体的には、会社の業績評価をベースとする経営陣の人事選定、経営陣の取締役会への情報開示のモニタリング、内部統制やリスク管理体制の整備、経営陣等と会社間の利益相反の管理など、経営陣が暴走しないようにすべく様々なチェック事項が列挙されています(コンプライアンスや財務報告に係る内部統制やリスク管理体制については補充原則4-3④に詳細が定めてあります)。

 

補充原則4-3②及び4-3③は、2018年6月1日の本コードの改訂で新設された条文であり、CEOの選解任の手続に関する原則を定めています。

取締役会が経営陣を適切にモニタリングするには、経営陣の選解任を含む人事面を握っておく必要があるというのは考えれば分かることですが、その手続を適切に仕組みとして作っておくことが本コードでは重視されているように読めます。

 

経営陣の暴走や現経営陣と他の取締役の軋轢、他の取締役によるクーデターなどが時折ニュースになりますが、そのような報道がなされること自体が企業のレピュテーションにとってマイナスとなることもあり得ます。

そのような他社事例を他山の石にして、自社の取締役会の仕組みは十分にワークしているか、外に見せておかしいと誹られる点がないかを検証することがこのような自体を防ぐ一の矢になると考えます。

コーポレートガバナンス・コード⑥〜基本原則3:適切な情報開示と透明性の確保〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則3の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則3の趣旨をそのまま以下に貼り付けています。

 

* * *

第3章 適切な情報開示と透明性の確保

 

上場会社は、会社の財政状態・経営成績等の財務情報や、経営戦略・経営課題、リスクやガバナンスに係る情報等の非財務情報について、法令に基づく開示を適切に行うとともに、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。

その際、取締役会は、開示・提供される情報が株主との間で建設的な対話を行う上での基盤となることも踏まえ、そうした情報(とりわけ非財務情報)が、正確で利用者にとって分かりやすく、情報として有用性の高いものとなるようにすべきである。

 

考え方

 

上場会社には、様々な情報を開示することが求められている。これらの情報が法令に基づき適時適切に開示されることは、投資家保護や資本市場の信頼性確保の観点から不可欠の要請であり、取締役会・監査役監査役会・外部会計監査人は、この点に関し財務情報に係る内部統制体制の適切な整備をはじめとする重要な責務を負っている。

また、上場会社は、法令に基づく開示以外の情報提供にも主体的に取り組むべきである。

更に、我が国の上場会社による情報開示は、計表等については、様式・作成要領などが詳細に定められており比較可能性に優れている一方で、会社の財政状態、経営戦略、リスク、ガバナンスや社会・環境問題に関する事項(いわゆるESG要素)などについて説明等を行ういわゆる非財務情報を巡っては、ひな型的な記述や具体性を欠く記述となっており付加価値に乏しい場合が少なくない、との指摘もある。取締役会は、こうした情報を含め、開示・提供される情報が可能な限り利用者にとって有益な記載となるよう積極的に関与を行う必要がある。

法令に基づく開示であれそれ以外の場合であれ、適切な情報の開示・提供は、上場会社の外側にいて情報の非対称性の下におかれている株主等のステークホルダーと認識を共有し、その理解を得るための有力な手段となり得るものであり、「『責任ある機関投資家』の諸原則《日本版スチュワードシップ・コード》」を踏まえた建設的な対話にも資するものである。 

 

【原則3-1.情報開示の充実】

上場会社は、法令に基づく開示を適切に行うことに加え、会社の意思決定の透明性・公正性を確保し、実効的なコーポレートガバナンスを実現するとの観点から、(本コードの各原則において開示を求めている事項のほか、)以下の事項について開示し、主体的な情報発信を行うべきである。

(i) 会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画

(ii) 本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針

(iii)取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続

(iv) 取締役会が経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続

(v) 取締役会が上記(iv)を踏まえて経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選解任・指名についての説明

 

補充原則

3-1① 上記の情報の開示(法令に基づく開示を含む)に当たって、取締役会は、ひな型的な記述や具体性を欠く記述を避け、利用者にとって付加価値の高い記載となるようにすべきである。

3-1② 上場会社は、自社の株主における海外投資家等の比率も踏まえ、合理的な範囲において、英語での情報の開示・提供を進めるべきである。

 

【原則3-2.外部会計監査人】

外部会計監査人及び上場会社は、外部会計監査人が株主・投資家に対して責務を負っていることを認識し、適正な監査の確保に向けて適切な対応を行うべきである。

 

補充原則

 

3-2① 監査役会は、少なくとも下記の対応を行うべきである。

(i) 外部会計監査人候補を適切に選定し外部会計監査人を適切に評価するための基準の策定

(ii) 外部会計監査人に求められる独立性と専門性を有しているか否かについての確認

 

3-2② 取締役会及び監査役会は、少なくとも下記の対応を行うべきである。

(i) 高品質な監査を可能とする十分な監査時間の確保

(ii) 外部会計監査人からCEO・CFO等の経営陣幹部へのアクセス(面談等)の確保

(iii)外部会計監査人と監査役(監査役会への出席を含む)、内部監査部門や社外取締役との十分な連携の確保

(iv) 外部会計監査人が不正を発見し適切な対応を求めた場合や、不備・問題点を指摘した場合の会社側の対応体制の確立

* * *(引用終わり)

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2 情報開示の充実(原則3-1)

 

(1) 情報開示は言うまでもなく重要 

 

コーポレート・ガバナンスの重要な目的の1つが経営陣の暴走を抑止することにある以上、経営陣の会社経営に関する情報を開示することが経営陣の成果や姿勢をチェックする前提として重要であるということは火を見るより明らかです。

 

日本取引所の不祥事対応のプリンシプルが「迅速かつ適切な情報開示」を求めているのも、情報が出てこないと実態が把握できない、実態が把握できないと不祥事対応の適切性が判断できないというロジックが背後に存在すると考えられ、根っこの部分はコーポレート・ガバナンスの情報開示の重要性に通底していると言えましょう。

 

■不祥事対応のプリンシプル⑥〜原則4:情報開示の難しさの根源〜

crisismanager.hatenablog.com

 

(2) 法令に基づく開示

 

原則3-1では、開示すべき情報につき、「財務情報と非財務情報」、「法令に基づく開示と法令に基づかない開示」という2つの軸で分類しています。

これを纏めると、以下の4パターンとなります。

①法令に基づく財務情報の開示

②法令に基づく非財務情報の開示

③法令に基づかない財務情報の開示

④法令に基づかない非財務情報の開示

 

金融商品取引法等の法令により、上場会社が行わなければならない開示のルールは詳細に規定されています。企業法務や投資に関わっている方であれば、有価証券報告書や有価証券届出書等を想像すれば、いかに詳細な開示が必要かお分かりになると思います。

 

原則3の「考え方」には、「上場会社には、様々な情報を開示することが求められている。これらの情報が法令に基づき適時適切に開示されることは、投資家保護や資本市場の信頼性確保の観点から不可欠の要請であり、取締役会・監査役監査役会・外部会計監査人は、この点に関し財務情報に係る内部統制体制の適切な整備をはじめとする重要な責務を負っている。」と記載されていますが、財務情報等の適時かつ正確な開示をするための体制を整備することの重要性は言うまでもないことでしょう。

 

なお、コーポレートガバナンス自体に関する情報についても、東京証券取引所の有価証券上場規程等を根拠規定として、「コーポレートガバナンス報告書」という形で開示が求められています。

 

コーポレートガバナンス報告書

www.jpx.co.jp

 

(3) 法令に基づかない開示

 

法令に基づく開示については、金融商品取引法等の要請する情報開示を粛々と行うことが必要となりますが、法令の基づかない開示については会社の自由度が高く、会社のコーポレートガバナンスへの姿勢が色濃く現れる部分となります。

 

コーポレートガバナンスコンプライアンスに関する他の議論にも応用可能ですが、法令に基づくことはやって当たり前であり、法令に基づかないことを自社の方針としてどの程度取り組むかが、会社のアピールポイントとなり得ます。

 

特に、原則3の「考え方」で「我が国の上場会社による情報開示は、計表等については、様式・作成要領などが詳細に定められており比較可能性に優れている一方で、会社の財政状態、経営戦略、リスク、ガバナンスや社会・環境問題に関する事項(いわゆるESG要素)などについて説明等を行ういわゆる非財務情報を巡っては、ひな型的な記述や具体性を欠く記述となっており付加価値に乏しい場合が少なくない、との指摘もある。取締役会は、こうした情報を含め、開示・提供される情報が可能な限り利用者にとって有益な記載となるよう積極的に関与を行う必要がある。」と指摘される現状では、「上場会社の外側にいて情報の非対称性の下におかれている株主等のステークホルダーと認識を共有し、その理解を得る」ために、様々な情報を開示することは一層重要と言えそうです。

 

なお、上記引用の下線部は、2018年6月1日の本コードの改訂で加わった部分ですが、これはリスク、ガバナンス、ESG要素などの情報開示の重要性が一層認識されるようになったことの証左かと思います。

 

法令に基づかない開示として、原則3-1は、以下の事項を開示して主体的な情報発信を行うべき旨を示しています。

 

(i) 会社の目指すところ(経営理念等)や経営戦略、経営計画

(ii) 本コードのそれぞれの原則を踏まえた、コーポレートガバナンスに関する基本的な考え方と基本方針

(iii)取締役会が経営陣幹部・取締役の報酬を決定するに当たっての方針と手続

(iv) 取締役会が経営陣幹部の選解任と取締役・監査役候補の指名を行うに当たっての方針と手続

(v) 取締役会が上記(iv)を踏まえて経営陣幹部の選任と取締役・監査役候補の指名を行う際の、個々の選任・指名についての説明

 

経営陣の解任についての説明は、原則4-3②③とともに2018年6月1日の本コードの改訂で加わった部分です。改訂で「解任」が加わった理由に関するパブリック・コメントに対しては、「CEOがその機能を十分に発揮していないと認められる場合にはCEOを解任できる仕組みを整えておくことが重要であるとの指摘がなされたことを踏まえ、補充原則4-3③を新設し、CEOを解任するための客観性・適時性・透明性ある手続の確立を求めることとしたものです。」、「CEOの解任は、上場会社の業績等の評価や経営環境の変化等を踏まえ、硬直的な運用によることなく、機動的に行うことが求められるところ、補充原則4-3③において求められている『客観性・適時性・透明性ある手続』の『適時性』には、そうした対応を可能とするとの趣旨が含まれるものと考えます。こうした手続が実効的なものとなっているかどうかについては、対話ガイドライン3-4の趣旨を踏まえ、投資家と上場会社との間で建設的な対話が行われることが期待されます。」、「こうした手続等について、投資家と上場会社との間で対話が十分に行われることに資するよう、原則3-1を改訂し、取締役会が経営陣幹部の解任を行うに当たっての方針と手続を新たに開示すべき事項の対象とし、上場会社において、主体的に情報発信を行うことを求めています。」との考え方が示されています。

 

コーポレートガバナンス・コード改訂に関するパブリック・コメント

www.jpx.co.jp

  

3 外部会計監査人(原則3-2)

 

原則3-2では、外部会計監査人の株主・投資家に対する責務が示されるとともに、補充原則において監査役会及び取締役会が外部会計監査人に関して行うべき対応を列記しています。

 

外部会計監査人による会計士監査は、監査役監査・内部監査とともに「三様監査」の一角をなす重要なモニタリングの仕組みです。

 

日本公認会計士協会 「公認会計士監査とは」

jicpa.or.jp

 

■Nextleap 用語解説(三様監査)

www.nextleap.co.jp

 

監査=モニタリングは、不正を発見するという機能のみならず、監視カメラのような「モニタリングの不正予防機能」も併せ持つコーポレートガバナンスを支える重要な仕組みです。原則3-2はそのことを確認的に規定するとともに、監査役会や取締役会が果たすべき役割を明記した点に意義があると考えられます。

 

■不祥事予防のプリンシプル④〜原則2:経営陣と監査・監督機関のミッション〜

crisismanager.hatenablog.com

人はなぜ他者を叩くのか?④〜鬱憤とフラストレーションと承認欲求〜

1 怒りでも妬みでもない鬱屈とした感情

 

「怒り」と「妬み」が誹謗中傷に繋がることをご説明してきましたが、SNS上での人を傷つける書き込みは、怒りや妬みの発露には見えないものも多く存在しています。

例えば、「α社社長記者会見やばすぎて腹痛いwww」、「α社社長バカだろwww」といった他人を小馬鹿にするような野次、風刺、嘲罵、暴言、狂言の類は怒りや妬みに突き動かされているようには見えません。

 

今回は、そのような野次や暴言を行う人間の心理が、鬱憤やフレストレーション(欲求不満)の解消、承認欲求の充足にあるのではないかという仮説をご紹介します。

 

2 鬱憤とフラストレーション(欲求不満)

 

(1) モヤモヤとイライラの正体

 

野次や暴言を吐く人間は、心の中に怒りとも妬みとも表現しがたいモヤモヤやイライラがあるように思われます。

このような心境を示す言葉としては、鬱憤(embitterment)フラストレーション(frustration)があり、これらは同じような意味合いのものとして使われていますが、これらは心理学では別物と考えられています。

 

心理学的な説明に入る前の前提として、辞書的な意味は以下のとおりです(デジタル大辞泉)。

  • 鬱憤:外へ出さないで心の中に抑えている怒りや恨み。また、そういう気持ちが積もること。
  • フラストレーション:欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態にあること。その緊張によって攻撃的になりやすい。欲求不満。要求阻止。

 

なお、イライラを表す言葉にストレス(stress)がありますが、これは「《生体にひずみの生じた状態の意》寒冷・外傷・精神的ショックなどによって起こる精神的緊張や生体内の非特異的な防衛反応。また、その要因となる刺激や状況。」という意味であり、感情というよりは緊張などの体の反応のことを指すものと考えられているようです。

 

(2) 世の中は鬱憤社会?

 

鬱憤という言葉は、上記の辞書では「怒りや恨み」と定義されていますが、昨年の11月の11日付けのNewsweekに掲載された金明中氏のコラム「鬱憤社会、韓国:なぜ多くの韓国人、特に若者は鬱憤を感じることになったのか?」では、心理学者による複雑な定義が紹介されています。

 

■2019年11月11日付けのNewsweek 「鬱憤社会、韓国:なぜ多くの韓国人、特に若者は鬱憤を感じることになったのか?」

www.newsweekjapan.jp

 

このコラムでは、鬱憤(embitterment)について、「スイスの心理学者ズノイは鬱憤は怒りや悲しみのような基本感情として分類されず、『くやしさ、むなしさ、怒り』などが混合された複合的な感情であることから今まで看過されてきた感情(forgotten emotion)であると主張している(ユミョンスン「鬱憤について」ソウル大ジャーナル、2019年6月11日から引用)。また、ドイツのシャリテ大学のミハエル・リンデン教授や研究チームは、鬱憤を『外部から攻撃されて怒りの感情ができ、リベンジしたい気持ちになるものの、反撃する力がないため、無気力になり、何かが変わるという希望も無くなった状態に屈辱感まで感じる感情』であると定義している。つまり、このような定義から、鬱憤は社会が公正であり、平等であると考えていたのに、実際はそうでない時に現れる感情であり、自分はその社会に対して何もできない時に起きることがうかがえる。」と解説した上で、若者の10人に4人が鬱憤状態という韓国の状況を以下のように分析しています。

* * *

  • 多くの若者は、世界一厳しいと言われる受験戦争を終え、大学に進学しても理想の仕事を見つけることが難しく、失業状態に置かれている、あるいは、パートやアルバイト等の非正規労働者として社会に足を踏み出している。問題は非正規職として労働市場に進入すると、なかなか正規職になることが難しいことだ。
  • 多くの若者が食べていくのに精一杯で恋愛、結婚、出産(三放世代)を諦め、人間関係(就職)やマイホームを諦め(五放世代)、さらには夢や希望も諦めている(七放世代)。昔は頑張れば成功できると信じて多くの若者が頑張った。しかしながら、最近は生まれつきの不平等が拡大し、「どぶ川から龍」が出ることが難しくなった。
  • さらなる問題は世の中に不公正が蔓延していることである。朴槿恵前大統領の知人の娘が不正入学したこと等に若者の怒りは燃え上がり、多くの若者がキャンドル集会に参加し大統領の退陣を求めた。その結果誕生したのが現在の文在寅政権である。文在寅大統領(以下、文大統領)は2017年5月10日の大統領就任演説で、「機会は平等であり、過程は公正であり、結果は正義に見合う」社会の実現を約束した。しかしながら、所得主導成長政策は計画した通り成果が出ず、経済は窮地に追い込まれた。さらに、文政権への期待や信頼が大きく崩れる事件も起きてしまった。法務部長官に任命された曹国氏の資産形成過程の不透明さや娘の不正入学疑惑などが明らかになったことである。曹国氏に対する国民や若者の信頼度が大きかった分だけ失望感も大きかった。多くの若者が怒りや鬱憤を感じたに違いない。
  • 現在、韓国社会は経済や意識などの多様な分野で二極化が進んでいる。安定的な仕事は減り、ソウルと地方、大企業と中小企業、正規労働者と非正規労働者などの間に格差が残存している。ソウルで住みたい、大企業で働きたい、正規職になりたいと思っても自分の希望通りにはできないことが多い。

* * *(抜粋引用終わり)

 

不安定な雇用情勢、不景気による生活不安、権力者の癒着や失策、社会の不平等・不公平の拡大。

 

これらの問題は、特定の国だけの問題ではなくあらゆる国で生じうる(あるいは既に生じている)事象と思います。

自分の努力でどうしようもない理不尽を目の前にすると、怒りを感じるとともに、無力感、屈辱感、諦めなど様々な感情が沸き起こり、鬱憤というモヤモヤした複合感情として個々人の心に暗い影を落とすことになるようです。

 

そのような鬱憤が溜まった状態の人間は、その鬱憤を他者にぶつけがちということは言えると考えます。ここでいう「他者」は、鬱憤の原因に関連している者のみならず、気に食わない者やいけ好かない者が含まれることも少なくないでしょう。

 

この点に関しては、2020年5月17日付けの日本経済新聞の記事で、「感染防止に取り組む中で、店や外出者を私的に強くとがめる行為が各地で起きている。自粛警察と呼ばれ、同志社大の太田肇教授(組織論)は『長引く自粛生活で鬱憤がたまった状況が関係している』と指摘する。人はストレスを感じると攻撃対象を作って心の安定を図ろうとする傾向があり、『感染リスクを指摘できる対象への攻撃は正当化しやすく、はけ口にされた』とみる。」と解説されていますが、鬱憤がストレスを生じさせ、ストレスが心を不安定にし、安定させるために攻撃対象を作る傾向があるとの理屈には感覚的には説得力があるように思います。

 

■2020年5月17日付け日本経済新聞 「自粛警察」危うい正義感 コロナで鬱憤、他者を攻撃

www.nikkei.com

 

(3) 欲求不満-攻撃仮説

 

鬱憤がモヤモヤだとすると、フラストレーション(欲求不満)はイライラといったところでしょうか。

 

自分が望んでいる状況が達成できずフラストレーションが生じてイライラした気持ちになった時に攻撃性を持ってしまうことについては直感的、感覚的、経験則的に理解できると思いますが、これを心理学者が練り上げたのが「欲求不満-攻撃仮説」(Frustration-aggression hypothesis)という考え方です。

 

■Encyclopedia Britannica “Frustration-aggression hypothesis”

www.britannica.com

 

欲求不満-攻撃仮説は、リビドー(本能的欲求)が攻撃衝動を生むというフロイト仮説に反対したアメリカの心理学者ジョン・ダラードとニール・E・ミラーが提唱した仮説です。

欲求不満-攻撃仮説をざっくり説明すると、自己の欲求が満たされないというフラストレーション(欲求不満)により不快な緊張が心に生じ、その低減のために攻撃衝動が発生するという考え方です(詳細やこれに対する批判は上記Encyclopedia Britannicaの記事をご覧ください)。

 

鬱憤社会は同時にフラストレーション社会・欲求不満社会であるとも言えそうです。なぜなら、不安定な雇用情勢、不景気による生活不安、権力者の癒着や失策、社会の不平等・不公平の拡大等、個人の力では如何ともし難い理不尽な事情により、個人の欲求が満たされず、欲求不満が生じやすいと考えられるからです。

 

3 SNS等での書き込みは自己顕示欲と承認欲求?

 

(1) 悪口雑音をSNSで公開するという行動

 

理不尽な世の中が鬱憤や欲求不満を生み、それらが他人への攻撃に繋がるということには納得感がありますが、それをSNS上での攻撃に転化するのは、SNSが手軽だからという理由だけでしょうか?

おそらくそうではないでしょう。もし手軽さだけであれば、自宅で紙切れに暴言を書き殴ったり、ガード下の居酒屋でくだを巻いたりするだけで事足りるわけですから。

  

(2) 自己顕示欲と承認欲求

 

誰の目にも触れられない日記ではなく、第三者の目に触れるSNS等に書き込むのは、満たされない承認欲求の充足を求めるためだと考えられます。欲求不満が攻撃性に繋がると説明しましたが、ここで不満となっている「欲求」が「承認欲求」ということになります。

 

人間の欲求については、心理学者アブラハム・マズローの提唱した欲求階層説(Maslow’s hierarchy of needs)という考え方が有名です。これは、人間には下から生理的欲求・安全欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求という5段階の欲求があり、下の欲求が満たされると1つ上の欲求を満たそうとするという考え方です。

 

野村総合研究所 「マズローの欲求階層説」

www.nri.com

 

欲求階層説については証明がなされていない等の批判もあるようですが、日本を例に考えてみると、生活や日々の安全がある程度保証されていて、多くの人が学校や会社に帰属して社会的欲求も充足されている人々がこれでもかとFacebookInstagram等のSNSに写真や記事を投稿している状況はマズローの考え方の投影された世界に見えてきます。

 

4段階目の欲求である「承認欲求」(esteem needs)他者から認められ、尊敬されたい」という他者ありきの欲求です。

似た言葉に「自己顕示欲」(exhibitionism)というものがありますが、これは他人に認めてもらいたいという承認欲求の一種と位置付けることができそうです。

 

SNSを観察していると、有名企業や芸能人の不祥事は多くの人の興味を集める事象であり、これについて辛辣なことを書いたり、面白おかしく貶したりすることによって「いいね」や「リツイート」等の他者の反応が集まることが多いように見受けられます。他方、特に有名ではない一般人の他愛ない日常の様子に関するツイートにはほとんど他者の反応は集まりません。

 

もっと多くの「いいね」や「リツイート」が欲しいと承認欲求をエスカレートさせてしまった人は、より他者の関心を集めるべく、より過激に、より毒々しく悪口雑音を撒き散らかしてしまうように見えます。

 承認欲求と結び付き、急速に成長・拡大・浸透したSNSですが、その魔力は看過できないレベルに人々を幻惑しているのではないでしょうか。

 

■2019年8月8日付けFNNプライムオンライン 「なくならない炎上・誹謗中傷…SNSの「魔力」に惑わされてしまう心理的カニズムを聞いた」

www.fnn.jp

 

4 匿名での大喜利/集団リンチの様相

 

(1) 匿名性が攻撃性を増幅

 

SNSは承認欲求を満たすために一般人でも自由に発信できる点が魅力ですが、もし実名での発信が義務付けられていたとしたら、そこまで辛辣で醜悪な悪口雑音を書き込むことができるでしょうか?

おそらく実名ではそこまでひどいことは書けないでしょう。報復が怖い、世間の非難が怖いといった理由もあると思いますが、それとは別に匿名性が攻撃性を増幅する(実名では増幅されない)という面もあると思います。

 

この点に関し、アメリカの心理学者フィリップ・ジンバルドは匿名性の保証、責任分散等による「没個性化」(de-individuation)が攻撃性の増幅をもたらすとの考え方を示しています。

 

■TED Talks: Philip Zimbardo “The phycology of evil”

www.ted.com

 

■2019年3月6日付け一般社団法人日本産業カウンセラー協会 「ネット炎上の攻撃性を心理学から考える」

blog.counselor.or.jp

 

(2) 大喜利的なゲームと集団リンチ的な苦言

 

匿名の暴言が溢れるようになったインターネット上の現況について、評論家の宇野常寛氏は、著書「遅いインターネット」において、以下のとおり分析しています。

* * *

  • いまこの国のインターネットは、ワイドショー/Twitterのタイムラインのしおめで善悪を判断する無党派層(愚民)と、20世紀的なイデオロギーに回帰し、ときにヘイトスピーチフェイクニュースを拡散することで精神安定を図る左右の党派層(カルト)に二分されている。まず前者はインターネットを、まるでワイドショーのコメンテーターのように週に一度、目立ちすぎた人間や失敗した人間をあげつらい、集団で石を投げつけることで自分たちはまともな、マジョリティ側であると安心するための道具に使っている。
  • 彼らは週に一度週刊誌やテレビワイドショーが生贄を定めるたびに、どれだけその生贄に対し器用に石を投げつけることができるかを競う大喜利的なゲームに参加する。そしてタイムラインの潮目を読んで、もっとも歓心を買った人間が高い点数を獲得する。これはかつて「動員の革命」を唱えた彼らがもっとも敵視していたテレビワイドショー文化の劣化コピー以外の何ものでもない。
  • 社会に対して「発言」することで(その多くは、失敗した人物や目立ちすぎた人物への、集団リンチ的な苦言として表現される)何ものでもない自分を底上げしたがる人々は常にTwitterのタイムラインの潮目を読んでいる。

* * *(抜粋引用終わり)

 

宇野常寛 「遅いインターネット」(NewsPicks Book)

www.gentosha.co.jp

 

ここで用いられている大喜利的なゲーム」「集団リンチ的な苦言」という表現は言い得て妙であり、嘲罵や野次、皮肉や狂言をいかに他者の興味を煽れるように言えるかというゲームでポイントを得ることで承認欲求を満たす者が一定数存在し、それを俯瞰で見ると「集団リンチ的な苦言」の集合体として対象者に無数の矢の如く突き刺さっている惨状が浮き彫りになります。

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「怒り」、「妬み」、「シャーデンフロイデ」などの強い感情ではない1つ1つの他愛もない「承認欲求」の欲求不満から生じた攻撃性が、匿名性に覆われることで増幅し、大喜利的なゲームで多数集められることで、劇的な影響力と加虐性を持ってしまう。

 

SNS上で人が他者を叩く現象の分析としては、このようなテクノロジーと人間心理の影の側面から背けてはいけないと考えます。

人はなぜ他者を叩くのか?③〜妬みとシャーデンフロイデと社会的排除〜

1 他人との比較から生じる妬み

 

ここ数年間、有名人の不倫や不祥事が週刊誌にすっぱ抜かれた直後にTwitter等でその芸能人が袋叩きに遭い、業界から締め出される現象が毎日のように繰り返されています。芸能人や有名人は記者会見を開いたり、週刊誌の暴露前に自粛を宣言したり対応策を色々講じているようですが、その対応が更なる誹謗中傷を招き、黒焦げの火だるまの如く炎上しているのをしばしば見かけます。

今回は、自分と何らの関係もない有名人、芸能人、不祥事を起こした名門企業や一流企業を叩く人間は、主として「妬み」に突き動かされているという仮説について考えてみたいと思います。

 

2 妬みの性質を見極める

 

(1) 妬みと嫉妬との違い

 

デジタル大辞泉によると、妬みに関連する用語の辞書的な意味は以下のとおりです。

  • 妬み:ねたむこと。嫉妬。そねみ。
  • 嫉み:そねむこと。ねたみ。嫉妬。
  • 嫉妬:自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。自分の愛する者の愛情が、他の人に向けられるのを恨み憎むこと。やきもち。悋気。

 

辞書の意味だけ見ると妬みと嫉みも同じ意味に見えますが、心理学の世界では、「妬み」(Envy)と「嫉妬」(Jealousy)は区別されています。

 

脳科学者の中野信子先生の著書「シャーデンフロイデ」によると、「妬み」は「自分より上位の何かを持っている人に対して、その差異を解消したいというネガティブ感情」であるのに対し、「嫉妬」は「自分が持っている何かを奪いにやってくるかもしれない可能性を持つ人を排除したいというネガティブ感情」とのことです。

 

中野信子 「シャーデンフロイデ

www.gentosha.co.jp

 

妬みは自分と比較対象という2者がいれば発生するのに対し、嫉妬は自分と自分の大切にしている者とそれを奪う可能性がある者という3者が必要になることが典型例というところに両者の大きな違いがあると整理できます。

 

妬みをテーマにした映画といえば、天才モーツァルトと彼を妬んだ同時代の作曲家サリエリの数奇な運命を描いた傑作「アマデウス」があまりにも有名ですが、天才が登場するストーリーにはその才能を妬む役が付き物です(例えば、「ピアノの森」や「左利きのエレン」では、妬みの感情を抱く登場人物がリアルかつ魅力的に描かれています。)。インタビュー記事でアマデウスや左利きのエレンに言及しつつ書籍紹介をしている北野唯我氏の「天才を殺す凡人」でも、妬みの問題が解説されています。

 

■Amadeus

www.imdb.com

 

一色まこと 「ピアノの森

piano-anime.jp

 

■かっぴー「左利きのエレン」

cakes.mu

 

■北野唯我「天才を殺す凡人」

nikkeibook.nikkeibp.co.jp

 

嫉妬をテーマにした作品はギリシア神話の時代から作られて来ましたし、New York Times Book Reviewの編集者であるパルル・セガル氏の講演で言及されている千夜一夜物語や華麗なるギャッツビーなど世界中の文学作品のテーマとされています(日本でも夏目漱石の「こころ」など、同テーマの作品は多く存在します)。

 

■TED Talk: Parul Sehgal “An ode to envy (嫉妬の歌)”

www.ted.com

 

これらの作品を比べると、妬みと嫉妬の違いはリアルに理解しやすいと思います。

 

(2) 妬みは劣等感が出発点

 

妬みの性質については、「本人と関連性が高い要素を持っている相手を妬みやすい」、「自分と遠い世界の人間より近い境遇の人間に対して妬みを持ちやすい」など様々な見解や研究結果があるようですが、筆者は心理学の専門家ではないので、これらの当否については分かりません。

しかし、妬みの感情は、何らかの点で他人より自分が劣っているという「劣等感」が根っこの部分に存在しているという点は確かであるように思います。

 

「劣等感」(inferiority complex)という用語は精神科医ジークムント・フロイトカール・グスタフユング、アルフレッド・アドラーらが分析しており、その心理学的な分析は深淵で難解と思われますが、劣等感を抱いた者は心的苦痛を感じ、その苦痛を解消するために様々な手段を講じようとするそうです(アドラーは劣等感が人間の行動欲求の基礎である旨述べています)。

 

■アルフレッド・アドラー 「嫌われる勇気」

www.diamond.co.jp

 

劣等感を解消しようとする動きは、大きく分けて以下の3つが考えられます。

 

① 視点を変える(ある点で劣っているかもしれないが、他の点では劣っていないと考えることで、苦痛を免れる)

② 自分を上げる(劣等感を原動力にして、自己の向上を図ることで相手との差を縮める)

③ 相手を下げる(劣等感を覚える相手を下げることで、自分との差を縮める)

 

ここで、③の相手を下げるという選択肢が出てくることで、妬みが相手への攻撃に繋がるという流れが見えてきます。

 

(3) 妬みそれ自体から生じる攻撃の危険

 

妬む相手を下げることで、自分との差を縮め、それによる心的苦痛を軽減する。これにより妬みに囚われた人は幸福感や満足感を覚えるのでしょうか?

 

筆者は、必ずしもそうではないと思います。

 

この点に関連して、心理学者バートランド・ラッセルは、著書“The conquest of Hapiness”(幸福論)において、“Of all the characteristics of ordinary human nature envy is the most unfortunate; not only does the envious person wish to inflict misfortune and do so whenever he can with impunity, but he is also himself rendered unhappy by envy. Instead of deriving pleasure from what he has, he derives pain from what others have.”(筆者訳:通常の人間の性質の中で、妬みが最も不幸なものである。妬み深い人は他人に不幸を与えたいと思い、罰なしにそれができるときにはいつでもそうするのみならず、妬みによって自分自身をも不幸にする。妬み深い人は自分が持っているものから喜びを見出す代わりに他人が持っているものから苦しみを見出す。)と述べています。

 

バートランド・ラッセル 「幸福論」

www.audible.co.jp

 

妬みに囚われて相手を攻撃した結果、自分は何ら向上も成長もせず、自分の劣等感に駆られて人を傷つけてしまったという罪悪感と惨めさが心に残ることでしょう。相手が何も悪いことをしておらず、単に高スペック、お金持ち、容姿端麗、成功者であるというような場合には、その罪悪感は一層大きなものになりそうです。他方、相手は攻撃により評価や名声を下げられる等の損害を被るとともに、攻撃してきた者に怒りや恨みを覚えることでしょう。

このような帰結を合理的な人間であればある程度想像することができ、「妬みに囚われて相手を攻撃してもかえって事態は悪化する」と理性的に考え、攻撃を止めるのではないでしょうか。

 

それでも他人を攻撃してしまうのは、理性のハードルも越えるほどの激しい劣等感を持っている場合、又は他人を攻撃しても仕方ないと思えるような正当化の屁理屈をでっち上げた場合と考えられます。

 

3 シャーデンフロイデ

 

「妬み→他人への劣等感を解消するための直接攻撃」という流れはストレートで分かりやすいですが、上記のとおり、その悲劇的な結末を予想できる人間はこのような直接攻撃には二の足を踏むことが多いと思います。

そもそも、芸能人やスポーツ選手など今を時めく人気者を褒めそやした挙句、彼らが不祥事や問題発言をするや否や集中砲火で袋叩きするという現象は、「妬み、劣等感からの攻撃」という流れだけでは説明がつきにくいと考えられます(仮に妬みゆえの格差を縮めたいだけならば、人気の絶頂の時に攻撃するのが自然に思われます)。

 

そこで、妬みを起点とする別の心の動きであるシャーデンフロイデを検討する必要があると考えます。

 

(1) シャーデンフロイデとは?

 

シャーデンフロイデ」(Schadenfreude)とは、自分が手を下すことなく他人の不幸な目に遭ったのを見聞きした際に生じる喜びの感情を意味するドイツ語です。

ドイツ語でSchadenは損害や毒、Freudeは喜びという意味であり、相手が損害を被ることで感じる喜びという意味合いです。

類義語としては、ネットスラング「メシウマ」(「他人の不幸で今日は飯が美味い」の略)、漢語の「幸災楽禍」、日本の諺の「他人の不幸は蜜の味」などがあります。

要するに、「ざまあみろ」という感情のことです。

 

シャーデンフロイデについては、中野先生の著書「シャーデンフロイデ」にて詳しく解説されていますし、以下のネット記事での説明がなされています。

  

■2018年1月20日付け東洋経済オンライン 「『他人の失敗』を見ると快楽を覚える本質理由 生物種としてのヒトに仕組まれた特性だった」

toyokeizai.net

 

■2020年2月10日付け朝日新聞GLOBE+ 「芸能人の謝罪会見見るとスッキリ、なぜ?カギは『シャーデンフロイデ』にある」

globe.asahi.com

 

芸能人、社長、上場企業、有名企業、インフルエンサーなど社会的地位・知名度の高いと思われる人をターゲットとする誹謗中傷の背後には、シャーデンフロイデが存在するとの分析がなされています。

 

(2) 妬みがシャーデンフロイデに繋がる

 

シャーデンフロイデは妬みの感情と繋がっていると説明されています。

すなわち、妬みは、自分と他人の格差を埋めたいという欲求を生じさせますが、妬みの対象が不幸な目に遭うと、自らが何も手を汚すことなくその格差が埋まり、劣等感が解消されることになるため、気持ちは好転することになりそうです。

 

その意味で、妬みとシャーデンフロイデが直結しているかはともかく、両者は一部共通項を持つ感情と整理できると思われます。

 

■国立研究開発法人量子化学技術研究開発機構 「妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに」

www.qst.go.jp

 

芸能人や有名人の不祥事のニュースを見て、「ざまあみろ」という感情を持つ際、その人気者に対して、以前から明確に妬みの感情を持っていると自覚している人は多くないかもしれません。

しかし、大金を稼ぎ、人気を集め、ちやほやされている人をどこか面白くないと思う感情が一切無いと断言できる人は少ないのではないでしょうか?少なくとも、妬みの予備軍のような感情は芽吹いている人が多いのではないかと思います。

 

(3) シャーデンフロイデが攻撃に繋がるのはなぜか?

 

ここで1つ疑問が浮かんできます。

 

妬みゆえの劣等感は、妬みの対象との格差が解消されれば消え去るはずです。シャーデンフロイデは、自分が手を汚すことなく相手が不幸な目に遭った時に生じる感情であるため、シャーデンフロイデを覚えた時点で相手を攻撃する必要性は消滅しているでしょう。

 

それにもかかわらず、不祥事を起こした芸能人や名門企業には誹謗中傷が殺到します。彼らはなぜ失墜した人気者に追い打ちをかけるように袋叩きにするのでしょうか?

 

中野先生は、上記著書「シャーデンフロイデ」の中で、社会的排除の原理」という考え方を使って説明しています。

これはざっくり言うと、集団生活を営む人間が集団の維持のために、内部の敵、すなわちメンバーの努力や我慢にただ乗りしているようなメンバーを排除するか、その行動を改めさせるために攻撃を加える人間社会の性質を表すものです。そして、社会的排除のターゲットは、一人だけ良い思いをしていそう、一人だけ得してそう、一人だけ異質といった妬みに紐付いた人になることが多いそうです。

シャーデンフロイデの対象になるような人気者は、他の平凡な人よりも得してそう、良い思いをしてそうと思われがちであり、ひとたび不祥事により目立ってしまうと、「やはりずるいことして良い思いしていやがった、得してやがった」と思われるに至り、袋叩きに遭うと説明されることになります。

 

筆者はそれとは別に、不祥事を起こした会社や人への攻撃と言う文脈においては、シャーデンフロイデの対象となる人は、攻撃者に正当化の口実を与えてしまい、それゆえに容赦ない攻撃が向けられるのではないかと仮説を立てています。

 

妬みが劣等感を埋めるために他人を下げる欲求を引き起こしつつ、その欲求に駆られて相手を攻撃すると罪悪感を感じてしまうと説明しましたが、攻撃のターゲットが不祥事を犯している、悪いことをしていると判明した場合には、その者を攻撃することの免罪符を得たかのように自己正当化し、躊躇なく良心のハードルを超えてしまうのではないでしょうか?

 

もちろんそのような私刑とも言うべき状況が好ましくないことは多くの人が感じているところかと思います。

しかし、それが発生してしまう原因を深掘りしていくと、人間の脳の仕組みや人間社会の歴史的経緯にまで遡って考える必要が出てくる難題であり、一筋縄では解決できないことは認識しておくべきことかと思います。

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人はなぜ他者を叩くのか?②〜怒りと義憤と正義中毒〜

 1 他人を叩く攻撃性の源泉としての怒り

 

他人を叩く心理はどのような感情でしょうか?

 

芸能人の不倫や不祥事を起こした会社をインターネット上で叩いている人はどういう気持ちなのでしょうか?

 

人によって千差万別かつ色々な感情が入り混じっていると思いますが、仮に他人を叩く人の感情を全て分析して統計を取ったときに上位にランクインするのは「怒り」ではないでしょうか?

 

人間である以上、理不尽な出来事や不合理な事象に対して、怒りを覚え、それを何らかの攻撃性に転化してしまうことは誰しも経験があると思います。物を投げたり、他人に八つ当たりしたり、そして怒りの対象に対して語気を荒げて怒鳴ったり、怒りは攻撃性の源泉となり得ることは経験則上腑に落ちるのではないかと思います。

 

今回は、怒りに着目して、他人を叩く心理を考えてみたいと思います。

 

2 怒りの性質を見極める

 

喜怒哀楽の一角をなす怒りが他者への攻撃につながりやすいのはなぜでしょうか?

この問いを考えるためには、怒りの性質を見極めることが出発点になります。

 

そのとっかかりとしては、怒りの研究をしているウィスコンシン大学グリーンベイ校の心理学科長であるライアン・マーティン博士のTED Talkでの講演である“Why we get mad -- and why it's healthy(人はなぜ怒るのか そして怒りはなぜ健全なのか)”は非常に有益な視点を提供してくれます。

 

■TED Talk: Ryan Martin “Why we get mad -- and why it's healthy”

www.ted.com

 

(1) Injusticeへのアラート

 

マーティン博士は、上記講演において怒りの起源について以下のように述べています(和訳は句読点がない点を含め、TED TalkサイトのTranscriptの一部引用です。下線部は筆者が重要と思った箇所に付しています。以下同様です。)。

 

* * *

If there's one thing I want you to remember from my talk today, it's this: your anger exists in you as an emotion because it offered your ancestors, both human and nonhuman, with an evolutionary advantage. Just as your fear alerts you to danger, your anger alerts you to injustice. It's one of the ways your brain communicates to you that you have had enough.

 

(今日のトークから 憶えて帰ってほしいことを1つ挙げるなら 怒りという感情が 私たちに備わっているのは 私たちの祖先が 人間になる前も なった後も 怒りのおかげで 進化の上で優位に立てたからです恐怖が危険を知らせてくれるように 怒りは不当な物事の存在を 知らせてくれます もうこれ以上は耐えられないという 脳からのメッセージなのです

* * *(引用終わり)

 

マーティン博士は、怒りの感情が沸き起こる時、そこにはInjusticeを感じるような事象が存在していると説明しています。これは、怒りのInjusticeにアラートを鳴らすという性質に関する説明と読み取ることができます。

 

人が何かに怒りを感じるとき、そこにはInjusticeがあるということでしょうか?厳密にはそうではありません。

ライアン氏は脳からのメッセージという言葉を使っていますが、人がInjusticeを頭で感じるような事象が存在する、つまりある状況に対する人の主観的な評価としてInjusticeを感じる時に、怒りを覚えると分析するのが正確です。

 

何をまどろっこしいことを言っているのだと思われる方もいるかもしれませんが、怒りを覚えたからといって、その対象が誰からどう見ても一目瞭然にInjusticeなものではない、主観的な評価の問題であるということは押さえておくべき重要な点です。

 

(2) Injusticeに立ち向かうエネルギー

 

マーティン博士は、怒りのInjusticeへのアラートの話に続けて以下のように述べています。

 

* * *

What's more, it energizes you to confront that injustice. Think for a second about the last time you got mad. Your heart rate increased. Your breathing increased, you started to sweat. That's your sympathetic nervous system, otherwise known as your fight-or-flight system, kicking in to offer you the energy you need to respond. And that's just the stuff you noticed. At the same time, your digestive system slowed down so you could conserve energy. That's why your mouth went dry. And your blood vessels dilated to get blood to your extremities. That's why your face went red. It's all part of this complex pattern of physiological experiences that exist today because they helped your ancestors deal with cruel and unforgiving forces of nature.

 

(さらに怒りは 不当な物事に 立ち向かう原動力にもなりますここ最近 腹を立てた時のことを 思い出してください 心拍数が上がり 呼吸が荒くなり 汗をかき始めたでしょう これは交感神経の働きです 「闘争・逃走本能」としても 知られており これが作動することで 対応する力が湧くのです 以上は自覚のある反応ですが 同時に 消化も遅くなります エネルギーを節約するためです だから口の中が乾くのです 手足の隅々に血液を送るために 血管も広がります だから顔が赤くなるのです どれも 現代の人類に受け継がれた 複雑な生理反応の一部です 人類の祖先が 厳しい大自然の力に 立ち向かう際に 役立ってきたからです

* * *(引用終わり)

 

怒りのInjusticeに立ち向かうエネルギーとしての性質人類の祖先が培ってきた「闘争・逃走本能」に由来するとの説明は壮大で興味深いですが、怒りにエネルギーを生み出す性質があるということは経験則に照らして感覚的に理解できるものかと思います。

 

一般社団法人アンガーマネジメント協会のコラムでも、怒りには、①身近な対象ほど強くなる、②高いところから低いところに流れる、③伝染しやすい、④エネルギーになるという4つの性質があると説明されており、④エネルギーになるという点は、上記の闘争・逃走本能の話に通底していると思われます(アンガーマネジメントの観点からは、このエネルギーを良い方向に使うことを試みることになるようです)。

 

■一般社団法人アンガーマネジメント協会のコラム 「怒りはどんな性格を持っているの?」

www.angermanagement.co.jp

 

Injusticeな事象に対して立ち向かうといえば聞こえはいいですし、怒りのエネルギーを良い方向に使うべくマネジメントすれば良さそうですが、言うは易し行うは難し。

 

エネルギーという言葉は言い得て妙で、怒りに生み出されたエネルギーは頭の中に止まっていられ図、から外のはけ口への発散を求めることになります。

怒りのはけ口は怒りの発生対象ではなく無関係の第三者に向かう、いわゆる「八つ当たり」が発生することからも分かるとおり、怒りのエネルギーは時にuncontrollableな形で非理性的に放出されます

 

(3) 境遇や心境に左右される

 

マーティン博士は、「怒りを感じる状況=不快、不当などの怒りの元となる刺激」自体が直ちに怒りという感情を引き起こすわけではないと前置きした上で、以下のとおり、その人の当時の境遇や心境によって、その刺激をどう感じるかが変わってくると説明しています。

 

* * *

We get angry in situations that are unpleasant, that feel unfair, where our goals are blocked, that could have been avoided, and that leave us feeling powerless. This is a recipe for anger. But you can also tell that anger is probably not the only thing we're feeling in these situations.Anger doesn't happen in a vacuum.We can feel angry at the same time that we're scared or sad, or feeling a host of other emotions.

But here's the thing: these provocations -- they aren't making us mad. At least not on their own, and we know that, because if they were, we'd all get angry over the same things, and we don't. The reasons I get angry are different than the reasons you get angry, so there's got to be something else going on. What is that something else? Well, we know what we're doing and feeling at the moment of that provocation matters. We call this the pre-anger state -- are you hungry, are you tired, are you anxious about something else, are you running late for something? When you're feeling those things, those provocations feel that much worse. But what matters most is not the provocation, it's not the pre-anger state, it's this: it's how we interpret that provocation, it's how we make sense of it in our lives.

 

(人が怒りを覚えるのは 不快な状況や 不公平に感じる状況 目標達成が妨げられる状況 避けられたかもしれない状況 自分が無力に感じる状況 どれも怒りの元ですしかし そこで覚える感情は 怒りだけに限りませんよね 怒りは単独では起こりません 私たちが怒りを感じるとき 恐怖や悲しみなど 他の様々な感情を 伴うことがあります

ただし 怒りとは 少なくとも 刺激単体が 引き起こすものではありません当然ですね でないと 誰もが同じ理由で 腹を立てないといけなくなります 腹が立つ理由は 私とあなたでは異なります ということは 他にも何かあるはずです それが何かというと その人が刺激を受けた瞬間にしていることや 感じていることが影響するそうです 「怒る前の段階」といって 空腹だったり 疲れていたり 何か心配があったり 時間に遅れそうになっていたり こういう状態のときは その分だけ 刺激を強く感じるのです でも 一番の鍵になるのは 刺激そのものでも 「怒る前の段階」でもありません 刺激をどう解釈するか 自分の境遇の中で どう受け取るか なのです

 * * *(引用終わり)

 

これによると、目の前の何かの事象に対して、どのように解釈するかはその人のその時の境遇・心境によりけりだということになります。

この性質から、ある人にとってはなんてことない有名人のTweetも、別の人にとっては許しがたい怒りの導火線になってしまう、あるいは幸福を感じている時には微笑ましいと思える芸能人のブログも、イライラしている時に読むと虫酸が走る思いに駆られるという現象も説明がつくと考えられます。

 

 この点に関連して、怒りは「二次感情」であるという考え方があります。

日本アンガーマネジメント協会理事の戸田久実氏は下記日経doorsの記事において「怒りの裏側には、本来分かってほしい感情である『一次感情』がある」こと、「こうあってほしいという期待や理想が裏切られ、分かってほしいと思うことが分かってもらえなかったときに怒りは生まれ」ることを説明した上で、「その際、怒りの裏側にある『悲しい』『つらい』『寂しい』『不安』『苦しい』というネガティブな感情である一次感情」の存在を指摘しています。

どのような一次感情が発生するかはその人のその時の境遇・心境次第であり、その意味で、上記のマーティン博士の説明に通底するものと理解することができそうです。

 

■2018年7月25日付け日経ウーマンオンライン過去記事(日経doors) なぜ私たちは怒ってしまうのか「怒り」の専門家に聞く

doors.nikkei.com

  

3 怒りのエネルギーを他者に向けることの正当化

 

(1) 怒りをぶつけた時の心の痛み

 

怒り心頭に発する状態となっても、それを相手方にぶつける前に理性で踏みとどまるのではないでしょうか?

あるいは思わず怒りに任せて八つ当たりをしてしまった時、「なんてひどいことを言ってしまったんだろう…」と心の痛みを覚えることはないでしょうか?

 

それは、怒りを他者にぶつけることが「悪いこと」だと認識しているからだと考えられます。

 

(2) 義憤という正当化

 

人はなぜ不正を犯すのかを検討した際に解説したとおり、人間に不正の動機が生じても良心の一線の手前で踏みとどまるのが通常です。それでも人が不正に手を染めるのは、不正の動機と良心との間で認知的不協和のストレスを感じ、そのストレスを逃れるために自分勝手な「正当化」をして良心を捻じ曲げ、闇堕ちをしてしまうことがあるという考え方があります。

 

■人はなぜ不正を犯すのか?①〜不正の△〜

crisismanager.hatenablog.com

 

■人はなぜ不正を犯すのか?④〜闇落ちの正当化〜

crisismanager.hatenablog.com

 

では、怒りをぶつける行為はどのように正当化されるのでしょうか?ここでキーワードとなるのが「injustice」です。

 

怒りには、injusticeと感じたものにアラートを鳴らし、立ち向かうエネルギーを与える性質があるとマーティン博士は説明しています。この説明に基づくと、怒りはinjusticeに向けて放っているのだから問題ないという屁理屈で正当化を図る人間が出てくることが想定されます。

 

ここまであえてマーティン博士の英語のままinjusticeという用語を使ってきました。injusticeはTED Talkでは「不当」と訳されていますが、justice(正義)の対義語である「不正義」とも訳すことができます。

そして、「injustice(不正義)に対して攻撃を加えるのはjustice(正義)だ」と考える発想こそ、まさにjustification(正当化)の最たるものと言えます。

 

怒りを覚えた不正義に対して攻撃を加えるのであれば、正義の行為として許される。

 

そのような発想は、正義の憤り、いわゆる「義憤」の発想であり、そのような発想を持ってしまうと、他人を叩くことによる罪悪感や心の痛みを越えて、攻撃を躊躇わなくなる危険があります。

 

(3) 正義中毒

 

怒りのエネルギーを正義の名の下に放出することが他人を叩く行為に繋がるという説明はなんとなく理屈は分からなくもないが、しっくりこないとお思いの方もいるかもしれません。

 

しっくりこない理由はおそらく、「そんなことしても何の得もないのではないか?」という功利主義的な疑問があるからではないでしょうか?

 

injusticeに怒りを覚えてそれを叩いたとしても、多くの場合、叩いた人にはお金も利益もメリットも発生しないように一見すると思われます。

 

この点をうまく説明できるのが「正義中毒」という考え方です。

「正義中毒」は、脳科学者の中野信子先生が記事や著書等で使用している言葉です。

 

■2020年4月27日付け東洋経済オンライン 「他人を許せない正義中毒という現代人を蝕む病 攻撃対象を見つけ罰することに快感を覚える」

toyokeizai.net

 

中野信子 「人は、なぜ他人を許せないのか?」

www.ascom-inc.jp

 

中野先生は上記東洋経済の記事で、「他人に『正義の制裁』を加えると、脳の快楽中枢が刺激され、快楽物質であるドーパミンが放出されます。この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象を常に探し求め、決して人を許せないようになるのです。こうした状態を、私は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば『正義中毒』と呼ぼうと思います。」と解説しています。

 

そして、上記の著書の中では、更に掘り下げて、「正義中毒」と人間の脳の仕組みの関係性、集団への帰属意識との関係(人は、所属している集団以外を受け入れることができず、攻撃するようにできていること)、他者を叩くことによるエクスタシー、正義と同調圧力の関係等を詳述しており、大変興味深いです。

 

詳細は、中野先生の解説をお読みいただくとして、ここで押さえておくべきことは、人は正義の名の下に他人を叩くことで快楽を感じる側面があり、功利主義の観点からも、義憤が他者攻撃につながることが説明可能ということです。

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4 世の中の誹謗中傷は全て怒りの発露なのか?

 

長くなりましたが、ここまでの分析をまとめると、「①injusticeな状況→②境遇に応じた一次感情→③二次感情としての怒り→④injusticeを攻撃するjusticeという正当化&正義中毒→⑤他人を叩く」という流れになります。

 

確かに、「怒り」に駆動されて誹謗中傷をする人間の心理としては、上記の流れが1つの仮説として立てられると思いますが、この流れを見て、もう1つ疑問が湧きます。

 

果たしてSNS上の千差万別な誹謗中傷・悪口雑音の類は全て怒り一本で説明できるのでしょうか?

 

「α社ではサービス残業が横行していたとの報道であり、かつ社長の発言も責任感がなく問題が大きい。全社的にコンプライアンスを見直すべきだ」という批判と呼べるような発言の背後に理不尽への怒りの感情があると考えるのには違和感はありません。

また、「α社のようなブラック企業は即刻潰れるべし」、「α社クソすぎ。社長もクズすぎ」というような暴言や非難も怒りの感情に駆動されたものと捉えられそうです。

 

では、「α社社長記者会見やばすぎて腹痛いwww」、「α社社長バカだろwww」というような嘲罵は果たして怒りの発露でしょうか?野次や狂言は怒りがエネルギー源なのでしょうか?

 

そもそも、おしゃれでリア充な芸能人やインフルエンサーのブログに誹謗中傷を書く人間は怒りに突き動かされているのでしょうか?

 不倫をした芸能人を叩く人間は、本当に不倫を憎み、不倫をいた芸能人に怒り心頭の人ばかりなのでしょうか?

 不祥事を起こした社長や有名人に対して、あることないこと綯い交ぜにして暴言を吐く人たちは、常に彼らに怒りを覚えているのでしょうか?

 

おそらくそうではないでしょう。

 

怒りは攻撃性を持った感情としてイメージを持ちやすいものかと思いましたので、最初に取り上げましたが、怒り以外の心理が作用して誹謗中傷に走る人間も存在するように思います。

 

次回は、2つ目の仮説、妬みとシャーデンフロイデについて考えてみたいと思います。

人はなぜ他人を叩くのか?①〜誹謗中傷問題への心理的アプローチ〜

1 企業法務担当者が誹謗中傷問題を学ぶ意義

 

フジテレビの恋愛リアリティー番組「テラスハウス」の出演者が亡くなった問題に端を発し、インターネット上での誹謗中傷が問題視されています。

この問題を受け、高市早苗総務相は、匿名発信者の特定を容易にするなどの制度改正を含めた対応を検討する旨を述べており、インターネット上の誹謗中傷等の表現の削除や発信者の情報開示手続等を定めた「プロバイダ責任制限法」の改正の可能性が浮上しています。

 

■2020年5月27日付け日本経済新聞 「やまぬネット中傷、対応迅速に 国や業界も動く」

www.nikkei.com

テレビ局などメディアに関わる方や、SNSの運営等を行う方はこの問題に正面から向き合い、自社のあるべき姿を考え抜く必要があると思いますが、それ以外の業界や分野の企業法務担当者も誹謗中傷問題に関する考え方を知っておく必要があると考えます。

なぜなら、企業がひとたび不祥事を起こし、それが発覚して社会的問題になった場合、広報課の電話は苦言やクレームで鳴り止まず、SNS上では数多の誹謗中傷が寄せられ、時に匿名の怖い電話や手紙が会社のみならず役員の自宅に届くなど、企業や役職員が誹謗中傷を寄せられる側になる可能性があり得るからです。

 

もちろん心無い誹謗中傷を行う個人の側に大いに問題があり、上記プロバイダ責任制限法の改正やSNS関連事業者の自主的な取組により、そのような発信を取り締まるという動きは一定程度必要かと思います(憲法第21条の表現の自由に関する論点も検討が必要です)。

 

しかし、企業法務担当者ないし広報担当者は、自社が誹謗中傷を受ける側に立ってしまった場合、なぜそのようなことが起こるのかを考え、それによる被害や損害を最小化すべく行動できるようにしておくことには意義があると考えます。

 

2 人が他者を叩いてきた歴史

 

誹謗中傷問題に関し、インターネットの発展やTwitter等のSNSの隆盛により誰でも匿名で発信をできるようになったことが大きな原因の1つとして挙げられています。

 

確かに、インターネットやSNS(Social Networking Service)の発達により一般人が自分の意見を発信することにつき、技術的ハードルが下がり、(プロバイダ責任制限法に基づき発信者の特定がなされる途があるにせよ)匿名で発信ができることにより心理的ハードルが下がったということは言えると思います。

 

しかし、それはあくまでもハードルが下がったということにとどまり、インターネットやSNSが「人が他人を叩く」という現象を引き起こしたわけではないと思います。

SNSが発達する前から、2ちゃんねる等のインターネット掲示板には誹謗中傷が溢れていましたし、インターネットが発達する前から公園の土管や便所の落書きは悪口雑音に塗れていました。不祥事を起こした会社には匿名の投書や電話での苦情が殺到し、刑事事件の被告人の自宅等には心無い暴言が書き殴られるということは、残念ながら昔から存在していました。

誹謗中傷問題は古今東西に存在するもので、古代ギリシャ・ローマの時代から悪口や暴言は存在していたのではないでしょうか?

 

何が言いたいかというと、これまでの歴史から考えるに言葉で他人を叩くという現象は、人間社会では必ず生じ得るものであり、インターネットやSNS表現規制を強化したとしても根絶することはできないのではないかということです。

仮にそうだとすると、人が「他人を叩く」のはなぜなのかという根本的な部分、人間心理の部分を探求する必要があるのではないかと考えます。

 

3 他人を叩く心理を考える前提の整理

 

(1) 他人を叩くとはどういう行為か?

 

まず、他人を叩く心理を考える出発点として、言葉により「他人を叩く」行動を列挙して、その辞書的な意味(デジタル大辞泉)を調べてみました。

  • 誹謗:他人を悪く言うこと。そしること。
  • 中傷:根拠のないことを言いふらして、他人の名誉を傷つけること。
  • 暴露:むき出しにすること。特に、悪事・秘密などをあばいて明るみに出すこと。
  • 批判:人の言動・仕事などの誤りや欠点を指摘し、正すべきであるとして論じること。
  • 非難:人の欠点や過失などを取り上げて責めること。
  • バッシング(bashing):打ちのめすこと。手厳しく非難すること。
  • 侮辱:相手を軽んじ、はずかしめること。見下して、名誉などを傷つけること。
  • 野次:やじること。また、その言葉。
  • 風刺:社会や人物の欠点・罪悪を遠回しに批判すること。また、その批判を嘲笑的に表現すること。
  • 嘲罵:あざけりののしること。
  • 暴言:礼を失した乱暴な言葉。無礼で、むちゃな発言。
  • 狂言:人をだますために仕組んだ作り事。戯れの言葉。ざれごと。冗談。また、ふざけて、おもしろおかしく言うこと。

辞書的な意味を並べてみると、「非難」と「バッシング」のように程度差のものもあれば、「暴露」や「狂言」のように、秘密の開示や虚偽事実の表明などプラスアルファの要素が含まれたものもあることが読み取れます。一言で「他人を叩く」といっても、その態様は千差万別です。

 

(2) 他人を叩く行為はカテゴライズできるのか?

 

「批判と誹謗中傷は違う」と言った論調をよく見かけます。

例えば、2020年5月25日に三原じゅん子議員が自身のTwitterで「政治家として#批判(物事に検討を加え、判定・評価する事)は甘んじて受け止めますが、#誹謗中傷(他人への悪口、罵声等により名誉を毀損する事)は違います。付け加えるなら法的場面では誹謗中傷そのものではなくその結果としての名誉毀損、侮辱、信用毀損、業務妨害が罪に問われることになります。」とTweetしています。

 

三原じゅん子議員Twitter

twitter.com

 ■2020年5月28日付けBusiness Journal 「『総理の“お言葉”伝えるべき』発言の三原じゅん子議員、ネット中傷対策検討PT座長に就任」

biz-journal.jp

 

確かに、権力等の横暴に対して批判的検討を加えることが民主主義の世界で重要であることは歴史に照らし明白であり、そのような「批判」と単なる暴言や中傷とは区別すべきという立論には一理あるように思われます。

 

また、三原議員のTweetに言及されているように、名誉毀損罪(刑法第230条)、侮辱罪(刑法第231条)、信用毀損罪(刑法第233条前段)、業務妨害罪(刑法第233条後段)の構成要件を充足する表現は犯罪に該当し得ることになるため、これらの条文の解釈適用により、犯罪に該当する表現とそうでない表現とは峻別されることになります。

 

* * *

刑法

名誉毀損

第二百三十条 公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の懲役若しくは禁錮又は五十万円以下の罰金に処する。

2 死者の名誉を毀損した者は、虚偽の事実を摘示することによってした場合でなければ、罰しない。

 

(公共の利害に関する場合の特例)

第二百三十条の二 前条第一項の行為が公共の利害に関する事実に係り、かつ、その目的が専ら公益を図ることにあったと認める場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

2 前項の規定の適用については、公訴が提起されるに至っていない人の犯罪行為に関する事実は、公共の利害に関する事実とみなす。

3 前条第一項の行為が公務員又は公選による公務員の候補者に関する事実に係る場合には、事実の真否を判断し、真実であることの証明があったときは、これを罰しない。

 

(侮辱)

第二百三十一条 事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、拘留又は科料に処する。

 

(信用毀損及び業務妨害

第二百三十三条 虚偽の風説を流布し、又は偽計を用いて、人の信用を毀損し、又はその業務を妨害した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。

* * *

 

しかし、刑法上の犯罪になるか否かは一定の裁判例の蓄積等により判断し得るとして(それでも判断は容易ではないですが)、三原議員の言うところの「批判」か「誹謗中傷」かの判断は現実的にはかなり難しいこともあり得るのではないでしょうか?

 

例えば、α社のサービス残業問題が発覚し、社長が記者会見で「特に問題意識はなかった」と口を滑らせてネットが炎上したという仮想事例で、SNS上で以下のような表現で袋叩きが起こった場合、どこまでが「批判」でどこまでが「誹謗中傷」でしょうか?あるいは上記(1)で並べたカテゴリーのどれに当てはまるのでしょうか?

 

【仮想事例】

①「α社ではサービス残業が横行していたとの報道であり、かつ社長の発言も責任感がなく問題が大きい。全社的にコンプライアンスを見直すべきだ」
②「α社社長が意識低すぎるのが問題。上に立っていい人間じゃない。外からまともな社長連れてきて抜本的な改革すべし」
③「α社はサービス残業横行とかマジでブラック。社長が腐ってるから組織が腐ってる。」
④「α社社長の会見ブザマ。このご時世コンプラ意識なさすぎ」
⑤「α社のようなブラック企業は即刻潰れるべし」
⑥「α社社長記者会見やばすぎて腹痛いw」
⑦「α社社長バカだろwww」
⑧「α社クソすぎ。社長もクズすぎ」
⑨「問題意識がなかったって絶対嘘だな。確信犯。労基と警察出番ですよ」
⑩「α社には絶対他にも違法行為ある。犯罪の巣窟。」

 

①は「批判」と言えそうですが、②は①に比べて社長に対する攻撃色が強くなっており、「誹謗」に寄りそうです。③になると、「正すべきと論じる」という「批判」の定義からも離れてきます。④⑤は「誹謗」や「非難」に寄ってきますし、⑥⑦は「嘲罵」や「野次」の類に思えます。⑧辺りになってくるとただの「暴言」であり、⑨⑩などは根拠もない妄想を投げつける「中傷」や「狂言」でしょうか。

 

「批判」か「それ以外の悪口雑音」かで線引きするとしたら、①とそれ以外なのでしょうか?②は少し推敲したらセーフでしょうか?

仮に、そのような線引きをして、①以外の表現を全て禁じるとしたら、罰を恐れて表現を躊躇うという萎縮効果(Chilling effect)が生じないでしょうか?

 

この一例だけを考えるだけでも、一対一対応でどの表現がどのカテゴリーか断定することがいかに難しいかがお分かりになるかと思います。

 

(3) 他人を叩くメカニズムを探求する心理的アプローチ

 

では、なぜわざわざ(1)で「他人を叩く」行為の類型をわざわざ列挙したのか?

 

筆者は、表現の種類ごとに、その背後にある表現主体の心理が異なるのではないかとの仮説を立てました。

 

もちろん他人を叩く人の心理は人によって異なると思いますし、1つの心理というわけではないと思います。

「α社クソすぎ。社長もクズすぎ」とSNSに書き込んだ人間が、α社ざまあみろと思っているのか、ブラック企業問題への怒りに震えているのか、面白おかしく書いて「いいね」やRetweetが欲しいだけか、文面から心理を特定することは困難です。そもそも人間が何か表現するときには色々な心理が綯交ぜになっていて、それらが何%ずつブレンドされているかを分析することもできないと思います。

 

しかし、心理分析が全く無意味かというとそうではなく、いくつか心理分析に基づく仮説を立てることはできるのではないかと思います。

例えば、語調から怒気が滲み出る表現について、怒って他人を叩く人間の心理を考えてみることで(怒りに身を任せて汚い言葉で他人を叩いてしまう心理とは?怒りを己の中に封じ込めずに書き込みという形で放出してしまうのはなぜか?書き込むときに心は痛まないのか?怒りが理性を失わせるのか?…等)、人を怒らせてしまった場合の対処法につながるアイデアが生まれてくるかもしれません

また、「α社長バカだろwww」という表現について、「www」という笑いを意味するネットスラングに着目すると、少なくとも何かを面白がっていることを読み取ることができ、面白がって他人を叩く人間の心理を考えてみることで(なぜ暴言を面白がるのか?誰に向けた表現なのか?対面では絶対に言わないであろう暴言をインターネット上で言えるのはなぜか?…)、面白がって「他人を叩く」表現への対応策を考える上での突破口が開ける可能性が出てくると思います。

 

「他人を叩く」表現に着目して、「他人を叩く」心理に関する仮説を組み立てる。

 

このようなアプローチで次回以降、人が「他者を叩く」心理に関するいくつかの考え方をご紹介し、分析を加えてみたいと思います。

 

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コーポレートガバナンス・コード⑤〜基本原則2:株主以外のステークホルダーとの協働/後編〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則2の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則2の趣旨をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回は後編として原則2-4から2-6を取り上げます)。

 

* * *

第2章 株主以外のステークホルダーとの適切な協働

 

【基本原則2】

上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。

取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。

 

考え方

 

上場会社には、株主以外にも重要なステークホルダーが数多く存在する。これらのステークホルダーには、従業員をはじめとする社内の関係者や、顧客・取引先・債権者等の社外の関係者、更には、地域社会のように会社の存続・活動の基盤をなす主体が含まれる。上場会社は、自らの持続的な成長と中長期的な企業価値の創出を達成するためには、これらのステークホルダーとの適切な協働が不可欠であることを十分に認識すべきである。また、近時のグローバルな社会・環境問題等に対する関心の高まりを踏まえれば、いわゆるESG(環境、社会、統治)問題への積極的・能動的な対応をこれらに含めることも考えられる。

上場会社が、こうした認識を踏まえて適切な対応を行うことは、社会・経済全体に 利益を及ぼすとともに、その結果として、会社自身にも更に利益がもたらされる、という好循環の実現に資するものである。

 

【原則2-1.中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理念の策定】

上場会社は、自らが担う社会的な責任についての考え方を踏まえ、様々なステークホルダーへの価値創造に配慮した経営を行いつつ中長期的な企業価値向上を図るべきであり、こうした活動の基礎となる経営理念を策定すべきである。

 

【原則2-2.会社の行動準則の策定・実践】

上場会社は、ステークホルダーとの適切な協働やその利益の尊重、健全な事業活動倫理などについて、会社としての価値観を示しその構成員が従うべき行動準則を定め、実践すべきである。取締役会は、行動準則の策定・改訂の責務を担い、これが国内外の事業活動の第一線にまで広く浸透し、遵守されるようにすべきである。

 

補充原則

 

2-2① 取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否かに重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない。

 

【原則2-3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題】

上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

 

補充原則

 

2-3① 取締役会は、サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識し、適確に対処するとともに、近時、こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討すべきである。

 

【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】

上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。

 

【原則2-5.内部通報】

上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。

 

補充原則

 

2-5① 上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役監査役による合議体を窓口とする等)を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取扱の禁止に関する規律を整備すべきである。

 

【原則2-6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】

上場会社は、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきである。その際、上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである。

* * *(引用終わり)

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2 ステークホルダーとしての従業員

 

三田紀房氏の漫画「エンゼルバンク ドラゴン桜外伝」9巻でドラゴン桜の主人公の弁護士桜木健二が主催するビジネス塾において、受講生に対して「会社は誰のものか」を問うシーンがあります。

 

「会社は誰のものか?」

 

これはコーポレートガバナンスを考える上で最も基本的かつ根本的な論点です。

 

この問いに対して、桜木は「会社は従業員のもの」と断言します。ここでの登場人物たちの丁々発止のやり取りは非常に面白いため、原作をお読みいただければと思いますが、ここでは、「経営者は従業員のために仕事をし、従業員は顧客のための仕事をすべき」、「従業員が顧客の満足度向上だけを追求し、経営陣はその環境づくりをすべき」という考え方が示されます。

 

三田紀房 「エンゼルバンク ドラゴン桜外伝」

mitanorifusa.com

 

幅広い種類のステークホルダーが会社を取り巻いていますが、従業員というステークホルダーは、会社のビジネスを日々回していくためになくてはならない存在でしょう。

 

本コードの原則2-4〜2-6はステークホルダーとしての従業員に着目したものであると整理することができます

 

3 女性活躍を含む多様性の確保(原則2-4)

 

(1) ダイバーシティ(多様性)とは?

 

日本でもダイバーシティ(diversity、多様性)という言葉が一般的に使われるようになってきましたが、海外での使われ方と日本での使われ方には微妙な差があるように思われます。

 

海外、特にアメリカでは国籍、人種、性別(LGBTQ等も含む)、年齢、障がい等様々な観点で多様であるということが重視されており、広い意味でのダイバーシティの確保が企業や法律事務所評価の指標として使われることもあります。

 

アメリカのVaultという法律事務所等のランキングを公表しているウェブサイトでは、各法律事務所の紹介として、「Overview」、「Associate Reviews」、「Why Work Here」に加えて「Diversity」という欄を設けています。

また、アメリカのビジネス雑誌Fortuneでは“Fortune research partner Great Place to Work compiles this annual list of U.S. companies that create inclusive cultures for women and people of all genders, people of color, LGBTQ people, employees who are Boomers or older, and people who have disabilities. In addition to diversity numbers, the ranking is based on surveys of employees, who rated the level of camaraderie they experience at work, the effectiveness of their leaders, and other factors that inspire trust in an employer.”として、The 100 Best Workplaces for Diversityというダイバーシティに着目したランキングを公表しています。

 

■Vault

www.vault.com

 

■Fortune “The 100 Best Workplaces for Diversity”

fortune.com

 

他方、日本では、ダイバーシティ≒女性活躍というイメージを持つ方も少なくないのではないでしょうか?経済産業省のホームページでも「ダイバーシティ経営の推進」と題し、「女性をはじめとする多様な人材の活躍は、少子高齢化の中で人材を確保し、多様化する市場ニーズやリスクへの対応力を高める『ダイバーシティ経営』を推進する上で、日本経済の持続的成長にとって、不可欠です。経済産業省では、企業の経営戦略としてのダイバーシティ経営の推進を後押しするため、『新・ダイバーシティ経営企業100選』や『なでしこ銘柄』の選定により、先進事例を広く発信するとともに、女性を含む多様な人材の活用を経営戦略として取り込むことをより一層推進するための方策を検討しています。また、企業の経営層に女性を含めた多様な視点が入ることは、企業の競争力向上に資することから、将来の企業経営を担う幹部候補の女性を対象とする企業横断的な『リーダー育成事業』を推進しています。」と述べており、ダイバーシティを女性活躍中心で考えているように読めます。

 

今回取り上げている原則2-4も「女性の活躍促進を含む」と表題に記載していることから、この傾向が窺われます。

 

国ごとの歴史・文化、ビジネス環境など背景事情が異なるということはありますが、ダイバーシティのそもそもの意味として、性別以外のファクターも含まれているということは押えておくべきと考えます。

 

(2) なぜダイバーシティが必要なのか?

 

ダイバーシティが必要な理由に関し、原則2-4は「社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る」との記載があります。

 

キーワードは「多様な視点や価値観」です。

 

複雑怪奇な国際情勢や政治経済の下、天災や感染症による甚大な被害、技術革命による破壊的イノベーション、激しい業界再編や淘汰等により混沌とした現代社会はVUCAの時代と呼ばれることがあります。VUCAとは元々はポスト冷戦時代の軍事用語でしたが、2010年代には、現代社会を表す用語として使われるようになりました。VUCAは以下の言葉の頭文字です。

 

  • V=Volatility(変動性)
  • U=Uncertainty(不確実性)
  • C=Complexity(複雑性)
  • A=Ambiguity(不透明性、曖昧性)

 

■2017年1月11日付け日本経済新聞 「『VUCA』時代、リーダーに重要な4つの言葉」

www.nikkei.com

 多様な視点や価値観は、VUCAの時代に企業が生き残るための1つの方策たり得ると思います。同質性の高い集団では思い付かないようなアイデアを生み出す可能性を高めるような多様性が、企業が生き残る可能性を高めるのではないでしょうか?

 

その意味で、男女比率を50:50にする、人種や年齢のバランスをとる、といった形式面の整備だけでは不十分ということになります。

多様な視点や価値観が集まっているか、それらを企業としての存続・成長戦略に活かしているかといった実質面を確保できている組織は、日本にはあまり多くないのではないでしょうか?

 

■GLOBIS知見録 組織に「ダイバーシティ」が必要なワケ

globis.jp

経済産業省が2017年3月に策定し、2018年6月8日に改訂した「ダイバーシティ2.0行動ガイドライン」には、経営陣・現場それぞれの取組に関する視点が記載されていますが、例えばこのようなガイドラインを叩き台といて、自社のダイバーシティ戦略を練り上げる必要があると考えます。

 

ダイバーシティ2.0 行動ガイドライン

www.meti.go.jp

 

4 内部通報(原則2-5)

 

(1) 内部通報とは?

 

内部通報とは、役職員がコンプライアンス違反等の問題を組織内部の窓口に通報することです。

たまに内部通報と内部告発を混同している方がいますが、内部告発役職員がコンプライアンス違反等の問題を行政機関やマスコミなど組織外部に情報提供することを意味しています。

 

内部通報は組織内部の窓口に通報すること

 

この点は内部通報の問題を考える上で非常に重要なポイントですので、覚えて帰ってください。

 

(2) 内部通報制度における通報者保護

 

内部通報制度を作る際には、通報者保護の仕組みを作ることが不可欠です。通報者保護とは、「通報者の情報の秘匿」と「通報者への不利益取扱いの禁止」であり、要するに、通報者が会社に特定されてしまうこと、及び通報者が通報したことをもって左遷や嫌がらせなどの不利益取扱いを受けることを封じる仕組みが必要となります。補充原則2-5①はまさにこの点を指摘しています。

 

そのような仕組みを作らないと怖くて誰も通報をしなくなってしまうことは容易に想像がつくと思いますし、当たり前のことと思われる方もいるかもしれません。しかし、現実では、通報者探しを行うような会社も存在します。例えば、2019年1月24日に録音されたとされる日本郵便の郵便局長が内部通報者を探していると思しき音声データが朝日新聞デジタルに掲載されました(下記ウェブサイトで音声を聞くことができます)。

 

■2020年4月28日付け朝日新聞デジタル 「『絶対潰す』に震える局長 録音示す日本郵便の『風土』」

www.asahi.com

 

内部通報については、公益通報者保護法の概要や問題点、同法の改正案の動向(2020年5月22日に衆院通過との報道がなされています)など解説すべき事項や論点が多数ありますが、本原則との関係では、内部通報者の保護はステークホルダーとしての従業員を保護する意味でも非常に重要ということだけ、最低限押さえておくべきと思います。

 

公益通報者保護法

www.shugiin.go.jp

 

■2020年5月22日付け産経新聞 「公益通報改正案、衆院通過 全会一致で可決、参院へ」

www.sankei.com

 

5 従業員の安心のための企業年金(原則2-6)

 

原則2-6は2018年6月1日の本コードの改訂により新設されたものです。

パブリック・コメントでも「企業年金を含むアセットオーナーは、スチュワードシップッ・コードで推奨されているように、スチュワードシップ責任を果たす必要がある」等この原則に賛同するコメントが寄せられている一方、「母体企業は企業年金を事業活動のリスク管理の一つとして位置付けているところ、企業年金についてのみ焦点を当て、取組みの開示を求めることはコードの性質に馴染まない。」等この原則に反対するコメントも寄せられています。

 これらのコメントに対して、東京証券取引所は原則2-6の創設趣旨等を説明しています。また、「『人事面や運営面における取組み』については、例えば、適切な資質を持った人材の企業年金の事務局や資産運用委員会への配置、そうした人材の育成、運用受託機関との間で当該機関が実施するスチュワードシップ活動について対話を行う際の必要なサポートなどが考えられますが、これらに限られるものではなく、それぞれの会社の置かれた状況に応じ、適切に取組みを行うとともに、対話ガイドライン5-1の趣旨も踏まえ、こうした取組みの内容を分かりやすく開示することが重要と考えます。」等と用語の説明もしています。

 

コーポレートガバナンス・コード改訂に関するパブリック・コメント

www.jpx.co.jp

 

金融庁 2018年6月1日付け「投資家と企業の対話ガイドライン

www.fsa.go.jp

 

企業年金の加入者となっている従業員は企業年金の積立金の運用に大きな関心を持っており、これが従業員の老後の安心材料の1つとなっています。そのため、企業年金の運用の適切性及びその情報の開示が従業員にとって非常に重要ということになります。

このように考えると、ダイバーシティ、内部通報制度とは別の視点で、ステークホルダーたる従業員に対して企業が対応すべき事項を定めていると見ることができます。

コーポレートガバナンス・コード④〜基本原則2:株主以外のステークホルダーとの協働/前編〜

1 コーポレートガバナンス・コードの基本原則2の概要

 

コーポレートガバナンス・コードは前文及び5つの基本原則に加えて、各基本原則に紐づく原則及び補充原則から成り立っています。前文及び5つの基本原則は以下の記事で全文引用しています。

 

コーポレートガバナンス・コード①〜What's this?〜

crisismanager.hatenablog.com

 

コーポレートガバナンス・コード

www.jpx.co.jp

 

今回取り上げる基本原則2の趣旨をそのまま以下に貼り付けています(長いので、今回は前編として原則2-1から2-3を取り上げます)。

 

* * *

第2章 株主以外のステークホルダーとの適切な協働

 

【基本原則2】

上場会社は、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の創出は、従業員、顧客、取引先、債権者、地域社会をはじめとする様々なステークホルダーによるリソースの提供や貢献の結果であることを十分に認識し、これらのステークホルダーとの適切な協働に努めるべきである。

取締役会・経営陣は、これらのステークホルダーの権利・立場や健全な事業活動倫理を尊重する企業文化・風土の醸成に向けてリーダーシップを発揮すべきである。

 

考え方

 

上場会社には、株主以外にも重要なステークホルダーが数多く存在する。これらのステークホルダーには、従業員をはじめとする社内の関係者や、顧客・取引先・債権者等の社外の関係者、更には、地域社会のように会社の存続・活動の基盤をなす主体が含まれる。上場会社は、自らの持続的な成長と中長期的な企業価値の創出を達成するためには、これらのステークホルダーとの適切な協働が不可欠であることを十分に認識すべきである。また、近時のグローバルな社会・環境問題等に対する関心の高まりを踏まえれば、いわゆるESG(環境、社会、統治)問題への積極的・能動的な対応をこれらに含めることも考えられる。

上場会社が、こうした認識を踏まえて適切な対応を行うことは、社会・経済全体に 利益を及ぼすとともに、その結果として、会社自身にも更に利益がもたらされる、という好循環の実現に資するものである。

 

【原則2-1.中長期的な企業価値向上の基礎となる経営理念の策定】

上場会社は、自らが担う社会的な責任についての考え方を踏まえ、様々なステークホルダーへの価値創造に配慮した経営を行いつつ中長期的な企業価値向上を図るべきであり、こうした活動の基礎となる経営理念を策定すべきである。

 

【原則2-2.会社の行動準則の策定・実践】

上場会社は、ステークホルダーとの適切な協働やその利益の尊重、健全な事業活動倫理などについて、会社としての価値観を示しその構成員が従うべき行動準則を定め、実践すべきである。取締役会は、行動準則の策定・改訂の責務を担い、これが国内外の事業活動の第一線にまで広く浸透し、遵守されるようにすべきである。

 

補充原則

 

2-2① 取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否かに重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない。

 

【原則2-3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題】

上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

 

補充原則

 

2-3① 取締役会は、サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部であると認識し、適確に対処するとともに、近時、こうした課題に対する要請・関心が大きく高まりつつあることを勘案し、これらの課題に積極的・能動的に取り組むよう検討すべきである。

 

【原則2-4.女性の活躍促進を含む社内の多様性の確保】

上場会社は、社内に異なる経験・技能・属性を反映した多様な視点や価値観が存在することは、会社の持続的な成長を確保する上での強みとなり得る、との認識に立ち、社内における女性の活躍促進を含む多様性の確保を推進すべきである。

 

【原則2-5.内部通報】

上場会社は、その従業員等が、不利益を被る危険を懸念することなく、違法または不適切な行為・情報開示に関する情報や真摯な疑念を伝えることができるよう、また、 伝えられた情報や疑念が客観的に検証され適切に活用されるよう、内部通報に係る適 切な体制整備を行うべきである。取締役会は、こうした体制整備を実現する責務を負うとともに、その運用状況を監督すべきである。

 

補充原則

 

2-5① 上場会社は、内部通報に係る体制整備の一環として、経営陣から独立した窓口の設置(例えば、社外取締役監査役による合議体を窓口とする等)を行うべきであり、また、情報提供者の秘匿と不利益取扱の禁止に関する規律を整備すべきである。

 

【原則2-6.企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮】

上場会社は、企業年金の積立金の運用が、従業員の安定的な資産形成に加えて自らの財政状態にも影響を与えることを踏まえ、企業年金が運用(運用機関に対するモニタリングなどのスチュワードシップ活動を含む)の専門性を高めてアセットオーナーとして期待される機能を発揮できるよう、運用に当たる適切な資質を持った人材の計画的な登用・配置などの人事面や運営面における取組みを行うとともに、そうした取組みの内容を開示すべきである。その際、上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである。

* * *(引用終わり) 

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2 株主以外のステークホルダーも重要だとして、会社は何をすべきか?(原則2-1、原則2-2)

 

(1) ステークホルダーは様々、関わり方も様々

 

前回記事では株主の権利の確保について解説しましたが、株主は会社の実質的所有者として会社法において様々な権利が認められていました。

 

コーポレートガバナンス・コード②〜基本原則1:株主の権利・平等性の確保/前編〜

crisismanager.hatenablog.com

 

他方、コーポレートガバナンスの議論では株主以外のステークホルダーも重要であると言われていますが、その権利については、会社法では定められていません(従業員の労働者としての権利は、労働基準法等で定められています。)。

 

基本原則2は「ステークホルダーには、従業員をはじめとする社内の関係者や、顧客・取引先・債権者等の社外の関係者、更には、地域社会のように会社の存続・活動の基盤をなす主体が含まれる。」と述べていますが、ステークホルダー=利害関係者には、株主に加えて、債権者、顧客(消費者)、取引先、従業員、地域社会、行政機関など、会社に対して利害関係を持っているあらゆる関係者が含まれる広い概念です。

また、会社に応じて誰がステークホルダーに当たるのか、どのように関わるかは千差万別ですし、ステークホルダーとどう関わるべきかも企業に応じて変わってくると思われます。

そのため、「債権者との関係はこうあるべき」、「顧客との関係はこうあるべき」と十把一絡げに規定を作ることは困難かつ非現実的ということになるでしょう。

 

(2) 経営理念の宣言が出発点

 

ステークホルダーの多様性を踏まえてか、基本原則2及び原則2-1及び2-2は、ステークホルダーとの適切な協働、ステークホルダーへの配慮といった抽象的かつ大上段の原則を示すにとどまっています。

 

その上で、原則2-1は「上場会社は、自らが担う社会的な責任についての考え方を踏まえ、様々なステークホルダーへの価値創造に配慮した経営を行いつつ中長期的な企業価値向上を図るべきであり、こうした活動の基礎となる経営理念を策定すべき」と述べ、「経営理念」の策定がTo do事項とされています。

 

これは要するに、ステークホルダーとの関わり方は、会社が自分できちんと決めるべきということと整理できるかと思います。

 

ステークホルダーへの配慮との関係では、経営理念において、ステークホルダーとどのように関わっていく会社なのかを宣言することが重要となります。ステークホルダーは会社に対して時にモノ言う存在となりますが、それは会社経営に密接に関わっている存在であるがゆえであり、会社はステークホルダーなしには成り立たないといっても過言ではありません。

 

会社にとって顧客はどういう存在なのか?

従業員はどういう存在なのか?

地域社会はどういう存在なのか?

 

経営理念にこのような事項を織り込むことが、会社としてのステークホルダーへの配慮のファーストステップということになるでしょう。

 

例えば、トヨタ自動車はホームページにおいて「基本理念」として以下の7つを掲げていますが、2つ目は地域、3つ目は環境、4つ目は顧客、5つ目は従業員、6つ目は社会、7つ目は取引先の言及し、幅広いステークホルダーへの配慮が読み取れます。

 

* * *

  1. 内外の法およびその精神を遵守し、オープンでフェアな企業活動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす
  2. 各国、各地域の文化、慣習を尊重し、地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する
  3. クリーンで安全な商品の提供を使命とし、あらゆる企業活動を通じて、住みよい地球と豊かな社会づくりに取り組む
  4. 様々な分野での最先端技術の研究と開発に努め、世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サービスを提供する
  5. 労使相互信頼・責任を基本に、個人の創造力とチームワークの強みを最大限に高める企業風土をつくる
  6. グローバルで革新的な経営により、社会との調和ある成長をめざす
  7. 開かれた取引関係を基本に、互いに研究と創造に努め、長期安定的な成長と共存共栄を実現する

* * *(引用終わり)

 

トヨタ自動車ホームページ 基本理念

global.toyota

 

(3) 行動準則に落とし込んで実践する

 

経営理念は、会社としてステークホルダーとの関わり方を宣言するものであり、抽象的な方向性を示すに止まります。

会社が、そしてその役職員が、経営理念の方向に進むためには、どのような行動をすべきかという行動準則を定め、浸透させることが重要となってきます。

 

原則2-2は、「上場会社は、ステークホルダーとの適切な協働やその利益の尊重、健全な事業活動倫理などについて、会社としての価値観を示しその構成員が従うべき行動準則を定め、実践すべきである。取締役会は、行動準則の策定・改訂の責務を担い、これが国内外の事業活動の第一線にまで広く浸透し、遵守されるようにすべきである。」と述べ、行動準則の策定・改訂は取締役会の責務とされています。

また、補充原則2-2①で「取締役会は、行動準則が広く実践されているか否かについて、適宜または定期的にレビューを行うべきである。その際には、実質的に行動準則の趣旨・精神を尊重する企業文化・風土が存在するか否かに重点を置くべきであり、形式的な遵守確認に終始すべきではない。」と述べており、原則2-2と併せて、行動準則の浸透度合いの実質的なチェックをした上で、必要に応じて改訂を行うところまでが取締役会の責務であると述べているように読めます。

 

3 サステナビリティーを巡る課題(原則2-3)

 

(1) サステナビリティーとは?

 

原則2-3は、「上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべき」と述べ、補充原則2-3①は「サステナビリティー(持続可能性)を巡る課題への対応は重要なリスク管理の一部」述べています。

 

サステナビリティー(sustainability、持続可能性)とは何か?

 

サステナビリティー」については、「社会が将来にわたって持続的に成長・発展していくために、環境負荷の削減とともに、企業活動の経済的側面や社会的側面など調和の取れた活動が不可欠であるという考え方」等と説明されています。

 

サステナビリティ

www.nomura.co.jp

 

上記の説明は企業活動に着目したものであり、サステナビリティーという言葉は、環境問題や国際問題など様々な場面で用いられています。

例えば、2015年9月に国連サミットは、2016年から2030年までの国際目標としてSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)を策定しましたが、ここではNo povertyやZero hungerといった人類全体や地球環境の持続可能性に関する17個の目標が定められています。

 

国際連合 SDGs

www.jp.undp.org

 

(2) 会社がサステナビリティーを巡る課題に取り組むべき理由

 

会社は、企業活動を通じて利益を上げ、その利益の一部を株主への配当等に回しつつ、一部を更なる企業活動に繋げるという営利主体です。

そのような会社には、社会・環境などのサステナビリティーを巡る課題に取り組まなければならないという法的義務はありません。

 

では、なぜコーポレートガバナンス・コードは、そのような課題について、会社が適切な対応を行うべきと定めたのでしょうか?

 

会社は社会の公器であるという松下幸之助氏の言葉や、企業活動は社会の健全性や環境保護の上に成り立つものといった概念論を理由として引用する人もいるかもしれません。もちろんそのような考え方も一理あります。

 他方、現実的な理由付けも存在すると思いますし、そちらの方が腹落ちしやすい方もいるかもしれませんので、いくつか思いつくものをご紹介します。

 

第1に、社会や環境のことを蔑ろにする会社には投資をしないという態度を表明している投資家からの投資を確保しやすくするということが挙げられます。

上場会社のように投資家からの資金調達を想定している会社は、SRI(社会的責任投資)に基づき、経済的メリットのみならず、社会・環境上のメリットも考慮要素に加えて投資を行う投資家が存在しています。

近年は環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の頭文字を取ってESG投資という言葉の方が多く使用されている印象ですが、財務情報のみならずこれらの要素を考慮するという考え方が特に機関投資家の世界では広まっています。

社会・環境を蔑ろにする会社は投資対象から外されたり、投資を引き上げられたりすることがあるため、SRIの観点からサステナビリティーを巡る課題に取り組むことで、そのような資金調達に関する懸念を解消することができるという利点があります。

 

■SRI

www.nomura.co.jp

 

■2019年8月12日付け日本経済新聞 「ESGとは 環境・社会配慮や統治を通じ企業価値拡大」

www.nikkei.com

 

第2に、社会問題や環境問題に関する不祥事を未然に防ぐことにつながるということが挙げられます。社会問題については、ブラック企業問題や取引先との不適切な関係など、法律的にはグレーでもいざ発覚すると問題視され、世論の非難を浴びるようなケースは思い浮かぶのではないでしょうか(法律的にアウトの場合には当然不祥事となりますが、そうでないケースでも不祥事となり得ることは昨今のニュースを見れば明らかでしょう)。会社として社会や環境について普段から関心を持ち、会社としてポジティブな取組をすることは、このような不祥事の芽が発生するのを防ぐのに役立つと考えられます。

 

第3に、企業価値の向上に資する効果があるということが挙げられます。社会問題や環境問題について先進的な取組をしている企業は、そのこと自体がPR材料となります(環境に良い素材を使っている、途上国でフェアトレードをしているといったアピールポイントでレピュテーションを上げている企業を想像すると分かりやすいと思います)。また、このような取組は従業員のモチベーションや会社への好感情を向上させるという効果もあります。環境に良いことをやっている、社会を良くする仕事をしているという意識を持てる職場環境を整えることにより従業員の士気を向上させ、かつ能力優秀な人材の流出を止めるという意味で企業価値の向上につながると考えられます。

 

(3) 企業生存率

 

2014年のフジテレビのドラマ「リッチマン、プアウーマン」の最終回で、石坂浩二の演じる大手テック企業の社長が、小栗旬の演じるIT業界の新進気鋭の社長日向徹に対し、「君は企業生存率というのを知っているか?株式会社は30年でその99.98パーセントが消える。つまり、100の会社が生まれても30年後にはほぼ一社も残っていないってことなんだ。生き残るのは奇跡に近い。今ぎりぎりのところを潜り抜けて生き残ってきたんだ。その結果国を代表する企業となったものもある。日向徹、奇跡を起こせ!」と檄を飛ばすシーンがあります。

 

30年で0.02%という企業生存率については異論もあるようですが(2017年版中小企業白書109頁では、日本企業は5年で81.7%の企業生存率であり、アメリカ・イギリス・ドイツ・フランスに比べて高水準である旨が説明されています)、日々刻々と社会の風潮、景気、国際関係が変化し続ける中で会社が長い年月存続し続けることは容易ではないということは確かかと思います。

 

■フジテレビ リッチマンプアウーマン

www.fujitv.co.jp

 

■2017年版中小企業白書

www.chusho.meti.go.jp

 

長期的に存続する会社を目指すためには、サステナビリティーを巡る課題に真剣に取り組みことで、デメリットを減らし、メリットを増やし、会社としての持続可能性も戦略的に高めていく必要があると考えます。

長年存続している会社は、偶然の奇跡ではなく、サステナビリティーを意識した取組の積み重ねにより、残るべくして残ったのではないかと筆者は考えます。