企業不正のさばき方

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人はなぜ他者を叩くのか?③〜妬みとシャーデンフロイデと社会的排除〜

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1 他人との比較から生じる妬み

 

ここ数年間、有名人の不倫や不祥事が週刊誌にすっぱ抜かれた直後にTwitter等でその芸能人が袋叩きに遭い、業界から締め出される現象が毎日のように繰り返されています。芸能人や有名人は記者会見を開いたり、週刊誌の暴露前に自粛を宣言したり対応策を色々講じているようですが、その対応が更なる誹謗中傷を招き、黒焦げの火だるまの如く炎上しているのをしばしば見かけます。

今回は、自分と何らの関係もない有名人、芸能人、不祥事を起こした名門企業や一流企業を叩く人間は、主として「妬み」に突き動かされているという仮説について考えてみたいと思います。

 

2 妬みの性質を見極める

 

(1) 妬みと嫉妬との違い

 

デジタル大辞泉によると、妬みに関連する用語の辞書的な意味は以下のとおりです。

  • 妬み:ねたむこと。嫉妬。そねみ。
  • 嫉み:そねむこと。ねたみ。嫉妬。
  • 嫉妬:自分よりすぐれている人をうらやみねたむこと。自分の愛する者の愛情が、他の人に向けられるのを恨み憎むこと。やきもち。悋気。

 

辞書の意味だけ見ると妬みと嫉みも同じ意味に見えますが、心理学の世界では、「妬み」(Envy)と「嫉妬」(Jealousy)は区別されています。

 

脳科学者の中野信子先生の著書「シャーデンフロイデ」によると、「妬み」は「自分より上位の何かを持っている人に対して、その差異を解消したいというネガティブ感情」であるのに対し、「嫉妬」は「自分が持っている何かを奪いにやってくるかもしれない可能性を持つ人を排除したいというネガティブ感情」とのことです。

 

中野信子 「シャーデンフロイデ

www.gentosha.co.jp

 

妬みは自分と比較対象という2者がいれば発生するのに対し、嫉妬は自分と自分の大切にしている者とそれを奪う可能性がある者という3者が必要になることが典型例というところに両者の大きな違いがあると整理できます。

 

妬みをテーマにした映画といえば、天才モーツァルトと彼を妬んだ同時代の作曲家サリエリの数奇な運命を描いた傑作「アマデウス」があまりにも有名ですが、天才が登場するストーリーにはその才能を妬む役が付き物です(例えば、「ピアノの森」や「左利きのエレン」では、妬みの感情を抱く登場人物がリアルかつ魅力的に描かれています。)。インタビュー記事でアマデウスや左利きのエレンに言及しつつ書籍紹介をしている北野唯我氏の「天才を殺す凡人」でも、妬みの問題が解説されています。

 

■Amadeus

www.imdb.com

 

一色まこと 「ピアノの森

piano-anime.jp

 

■かっぴー「左利きのエレン」

cakes.mu

 

■北野唯我「天才を殺す凡人」

nikkeibook.nikkeibp.co.jp

 

嫉妬をテーマにした作品はギリシア神話の時代から作られて来ましたし、New York Times Book Reviewの編集者であるパルル・セガル氏の講演で言及されている千夜一夜物語や華麗なるギャッツビーなど世界中の文学作品のテーマとされています(日本でも夏目漱石の「こころ」など、同テーマの作品は多く存在します)。

 

■TED Talk: Parul Sehgal “An ode to envy (嫉妬の歌)”

www.ted.com

 

これらの作品を比べると、妬みと嫉妬の違いはリアルに理解しやすいと思います。

 

(2) 妬みは劣等感が出発点

 

妬みの性質については、「本人と関連性が高い要素を持っている相手を妬みやすい」、「自分と遠い世界の人間より近い境遇の人間に対して妬みを持ちやすい」など様々な見解や研究結果があるようですが、筆者は心理学の専門家ではないので、これらの当否については分かりません。

しかし、妬みの感情は、何らかの点で他人より自分が劣っているという「劣等感」が根っこの部分に存在しているという点は確かであるように思います。

 

「劣等感」(inferiority complex)という用語は精神科医ジークムント・フロイトカール・グスタフユング、アルフレッド・アドラーらが分析しており、その心理学的な分析は深淵で難解と思われますが、劣等感を抱いた者は心的苦痛を感じ、その苦痛を解消するために様々な手段を講じようとするそうです(アドラーは劣等感が人間の行動欲求の基礎である旨述べています)。

 

■アルフレッド・アドラー 「嫌われる勇気」

www.diamond.co.jp

 

劣等感を解消しようとする動きは、大きく分けて以下の3つが考えられます。

 

① 視点を変える(ある点で劣っているかもしれないが、他の点では劣っていないと考えることで、苦痛を免れる)

② 自分を上げる(劣等感を原動力にして、自己の向上を図ることで相手との差を縮める)

③ 相手を下げる(劣等感を覚える相手を下げることで、自分との差を縮める)

 

ここで、③の相手を下げるという選択肢が出てくることで、妬みが相手への攻撃に繋がるという流れが見えてきます。

 

(3) 妬みそれ自体から生じる攻撃の危険

 

妬む相手を下げることで、自分との差を縮め、それによる心的苦痛を軽減する。これにより妬みに囚われた人は幸福感や満足感を覚えるのでしょうか?

 

筆者は、必ずしもそうではないと思います。

 

この点に関連して、心理学者バートランド・ラッセルは、著書“The conquest of Hapiness”(幸福論)において、“Of all the characteristics of ordinary human nature envy is the most unfortunate; not only does the envious person wish to inflict misfortune and do so whenever he can with impunity, but he is also himself rendered unhappy by envy. Instead of deriving pleasure from what he has, he derives pain from what others have.”(筆者訳:通常の人間の性質の中で、妬みが最も不幸なものである。妬み深い人は他人に不幸を与えたいと思い、罰なしにそれができるときにはいつでもそうするのみならず、妬みによって自分自身をも不幸にする。妬み深い人は自分が持っているものから喜びを見出す代わりに他人が持っているものから苦しみを見出す。)と述べています。

 

バートランド・ラッセル 「幸福論」

www.audible.co.jp

 

妬みに囚われて相手を攻撃した結果、自分は何ら向上も成長もせず、自分の劣等感に駆られて人を傷つけてしまったという罪悪感と惨めさが心に残ることでしょう。相手が何も悪いことをしておらず、単に高スペック、お金持ち、容姿端麗、成功者であるというような場合には、その罪悪感は一層大きなものになりそうです。他方、相手は攻撃により評価や名声を下げられる等の損害を被るとともに、攻撃してきた者に怒りや恨みを覚えることでしょう。

このような帰結を合理的な人間であればある程度想像することができ、「妬みに囚われて相手を攻撃してもかえって事態は悪化する」と理性的に考え、攻撃を止めるのではないでしょうか。

 

それでも他人を攻撃してしまうのは、理性のハードルも越えるほどの激しい劣等感を持っている場合、又は他人を攻撃しても仕方ないと思えるような正当化の屁理屈をでっち上げた場合と考えられます。

 

3 シャーデンフロイデ

 

「妬み→他人への劣等感を解消するための直接攻撃」という流れはストレートで分かりやすいですが、上記のとおり、その悲劇的な結末を予想できる人間はこのような直接攻撃には二の足を踏むことが多いと思います。

そもそも、芸能人やスポーツ選手など今を時めく人気者を褒めそやした挙句、彼らが不祥事や問題発言をするや否や集中砲火で袋叩きするという現象は、「妬み、劣等感からの攻撃」という流れだけでは説明がつきにくいと考えられます(仮に妬みゆえの格差を縮めたいだけならば、人気の絶頂の時に攻撃するのが自然に思われます)。

 

そこで、妬みを起点とする別の心の動きであるシャーデンフロイデを検討する必要があると考えます。

 

(1) シャーデンフロイデとは?

 

シャーデンフロイデ」(Schadenfreude)とは、自分が手を下すことなく他人の不幸な目に遭ったのを見聞きした際に生じる喜びの感情を意味するドイツ語です。

ドイツ語でSchadenは損害や毒、Freudeは喜びという意味であり、相手が損害を被ることで感じる喜びという意味合いです。

類義語としては、ネットスラング「メシウマ」(「他人の不幸で今日は飯が美味い」の略)、漢語の「幸災楽禍」、日本の諺の「他人の不幸は蜜の味」などがあります。

要するに、「ざまあみろ」という感情のことです。

 

シャーデンフロイデについては、中野先生の著書「シャーデンフロイデ」にて詳しく解説されていますし、以下のネット記事での説明がなされています。

  

■2018年1月20日付け東洋経済オンライン 「『他人の失敗』を見ると快楽を覚える本質理由 生物種としてのヒトに仕組まれた特性だった」

toyokeizai.net

 

■2020年2月10日付け朝日新聞GLOBE+ 「芸能人の謝罪会見見るとスッキリ、なぜ?カギは『シャーデンフロイデ』にある」

globe.asahi.com

 

芸能人、社長、上場企業、有名企業、インフルエンサーなど社会的地位・知名度の高いと思われる人をターゲットとする誹謗中傷の背後には、シャーデンフロイデが存在するとの分析がなされています。

 

(2) 妬みがシャーデンフロイデに繋がる

 

シャーデンフロイデは妬みの感情と繋がっていると説明されています。

すなわち、妬みは、自分と他人の格差を埋めたいという欲求を生じさせますが、妬みの対象が不幸な目に遭うと、自らが何も手を汚すことなくその格差が埋まり、劣等感が解消されることになるため、気持ちは好転することになりそうです。

 

その意味で、妬みとシャーデンフロイデが直結しているかはともかく、両者は一部共通項を持つ感情と整理できると思われます。

 

■国立研究開発法人量子化学技術研究開発機構 「妬みや他人の不幸を喜ぶ感情に関する脳内のメカニズムが明らかに」

www.qst.go.jp

 

芸能人や有名人の不祥事のニュースを見て、「ざまあみろ」という感情を持つ際、その人気者に対して、以前から明確に妬みの感情を持っていると自覚している人は多くないかもしれません。

しかし、大金を稼ぎ、人気を集め、ちやほやされている人をどこか面白くないと思う感情が一切無いと断言できる人は少ないのではないでしょうか?少なくとも、妬みの予備軍のような感情は芽吹いている人が多いのではないかと思います。

 

(3) シャーデンフロイデが攻撃に繋がるのはなぜか?

 

ここで1つ疑問が浮かんできます。

 

妬みゆえの劣等感は、妬みの対象との格差が解消されれば消え去るはずです。シャーデンフロイデは、自分が手を汚すことなく相手が不幸な目に遭った時に生じる感情であるため、シャーデンフロイデを覚えた時点で相手を攻撃する必要性は消滅しているでしょう。

 

それにもかかわらず、不祥事を起こした芸能人や名門企業には誹謗中傷が殺到します。彼らはなぜ失墜した人気者に追い打ちをかけるように袋叩きにするのでしょうか?

 

中野先生は、上記著書「シャーデンフロイデ」の中で、社会的排除の原理」という考え方を使って説明しています。

これはざっくり言うと、集団生活を営む人間が集団の維持のために、内部の敵、すなわちメンバーの努力や我慢にただ乗りしているようなメンバーを排除するか、その行動を改めさせるために攻撃を加える人間社会の性質を表すものです。そして、社会的排除のターゲットは、一人だけ良い思いをしていそう、一人だけ得してそう、一人だけ異質といった妬みに紐付いた人になることが多いそうです。

シャーデンフロイデの対象になるような人気者は、他の平凡な人よりも得してそう、良い思いをしてそうと思われがちであり、ひとたび不祥事により目立ってしまうと、「やはりずるいことして良い思いしていやがった、得してやがった」と思われるに至り、袋叩きに遭うと説明されることになります。

 

筆者はそれとは別に、不祥事を起こした会社や人への攻撃と言う文脈においては、シャーデンフロイデの対象となる人は、攻撃者に正当化の口実を与えてしまい、それゆえに容赦ない攻撃が向けられるのではないかと仮説を立てています。

 

妬みが劣等感を埋めるために他人を下げる欲求を引き起こしつつ、その欲求に駆られて相手を攻撃すると罪悪感を感じてしまうと説明しましたが、攻撃のターゲットが不祥事を犯している、悪いことをしていると判明した場合には、その者を攻撃することの免罪符を得たかのように自己正当化し、躊躇なく良心のハードルを超えてしまうのではないでしょうか?

 

もちろんそのような私刑とも言うべき状況が好ましくないことは多くの人が感じているところかと思います。

しかし、それが発生してしまう原因を深掘りしていくと、人間の脳の仕組みや人間社会の歴史的経緯にまで遡って考える必要が出てくる難題であり、一筋縄では解決できないことは認識しておくべきことかと思います。

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