企業不正のさばき方

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人はなぜ他者を叩くのか?④〜鬱憤とフラストレーションと承認欲求〜

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1 怒りでも妬みでもない鬱屈とした感情

 

「怒り」と「妬み」が誹謗中傷に繋がることをご説明してきましたが、SNS上での人を傷つける書き込みは、怒りや妬みの発露には見えないものも多く存在しています。

例えば、「α社社長記者会見やばすぎて腹痛いwww」、「α社社長バカだろwww」といった他人を小馬鹿にするような野次、風刺、嘲罵、暴言、狂言の類は怒りや妬みに突き動かされているようには見えません。

 

今回は、そのような野次や暴言を行う人間の心理が、鬱憤やフレストレーション(欲求不満)の解消、承認欲求の充足にあるのではないかという仮説をご紹介します。

 

2 鬱憤とフラストレーション(欲求不満)

 

(1) モヤモヤとイライラの正体

 

野次や暴言を吐く人間は、心の中に怒りとも妬みとも表現しがたいモヤモヤやイライラがあるように思われます。

このような心境を示す言葉としては、鬱憤(embitterment)フラストレーション(frustration)があり、これらは同じような意味合いのものとして使われていますが、これらは心理学では別物と考えられています。

 

心理学的な説明に入る前の前提として、辞書的な意味は以下のとおりです(デジタル大辞泉)。

  • 鬱憤:外へ出さないで心の中に抑えている怒りや恨み。また、そういう気持ちが積もること。
  • フラストレーション:欲求が何らかの障害によって阻止され、満足されない状態にあること。その緊張によって攻撃的になりやすい。欲求不満。要求阻止。

 

なお、イライラを表す言葉にストレス(stress)がありますが、これは「《生体にひずみの生じた状態の意》寒冷・外傷・精神的ショックなどによって起こる精神的緊張や生体内の非特異的な防衛反応。また、その要因となる刺激や状況。」という意味であり、感情というよりは緊張などの体の反応のことを指すものと考えられているようです。

 

(2) 世の中は鬱憤社会?

 

鬱憤という言葉は、上記の辞書では「怒りや恨み」と定義されていますが、昨年の11月の11日付けのNewsweekに掲載された金明中氏のコラム「鬱憤社会、韓国:なぜ多くの韓国人、特に若者は鬱憤を感じることになったのか?」では、心理学者による複雑な定義が紹介されています。

 

■2019年11月11日付けのNewsweek 「鬱憤社会、韓国:なぜ多くの韓国人、特に若者は鬱憤を感じることになったのか?」

www.newsweekjapan.jp

 

このコラムでは、鬱憤(embitterment)について、「スイスの心理学者ズノイは鬱憤は怒りや悲しみのような基本感情として分類されず、『くやしさ、むなしさ、怒り』などが混合された複合的な感情であることから今まで看過されてきた感情(forgotten emotion)であると主張している(ユミョンスン「鬱憤について」ソウル大ジャーナル、2019年6月11日から引用)。また、ドイツのシャリテ大学のミハエル・リンデン教授や研究チームは、鬱憤を『外部から攻撃されて怒りの感情ができ、リベンジしたい気持ちになるものの、反撃する力がないため、無気力になり、何かが変わるという希望も無くなった状態に屈辱感まで感じる感情』であると定義している。つまり、このような定義から、鬱憤は社会が公正であり、平等であると考えていたのに、実際はそうでない時に現れる感情であり、自分はその社会に対して何もできない時に起きることがうかがえる。」と解説した上で、若者の10人に4人が鬱憤状態という韓国の状況を以下のように分析しています。

* * *

  • 多くの若者は、世界一厳しいと言われる受験戦争を終え、大学に進学しても理想の仕事を見つけることが難しく、失業状態に置かれている、あるいは、パートやアルバイト等の非正規労働者として社会に足を踏み出している。問題は非正規職として労働市場に進入すると、なかなか正規職になることが難しいことだ。
  • 多くの若者が食べていくのに精一杯で恋愛、結婚、出産(三放世代)を諦め、人間関係(就職)やマイホームを諦め(五放世代)、さらには夢や希望も諦めている(七放世代)。昔は頑張れば成功できると信じて多くの若者が頑張った。しかしながら、最近は生まれつきの不平等が拡大し、「どぶ川から龍」が出ることが難しくなった。
  • さらなる問題は世の中に不公正が蔓延していることである。朴槿恵前大統領の知人の娘が不正入学したこと等に若者の怒りは燃え上がり、多くの若者がキャンドル集会に参加し大統領の退陣を求めた。その結果誕生したのが現在の文在寅政権である。文在寅大統領(以下、文大統領)は2017年5月10日の大統領就任演説で、「機会は平等であり、過程は公正であり、結果は正義に見合う」社会の実現を約束した。しかしながら、所得主導成長政策は計画した通り成果が出ず、経済は窮地に追い込まれた。さらに、文政権への期待や信頼が大きく崩れる事件も起きてしまった。法務部長官に任命された曹国氏の資産形成過程の不透明さや娘の不正入学疑惑などが明らかになったことである。曹国氏に対する国民や若者の信頼度が大きかった分だけ失望感も大きかった。多くの若者が怒りや鬱憤を感じたに違いない。
  • 現在、韓国社会は経済や意識などの多様な分野で二極化が進んでいる。安定的な仕事は減り、ソウルと地方、大企業と中小企業、正規労働者と非正規労働者などの間に格差が残存している。ソウルで住みたい、大企業で働きたい、正規職になりたいと思っても自分の希望通りにはできないことが多い。

* * *(抜粋引用終わり)

 

不安定な雇用情勢、不景気による生活不安、権力者の癒着や失策、社会の不平等・不公平の拡大。

 

これらの問題は、特定の国だけの問題ではなくあらゆる国で生じうる(あるいは既に生じている)事象と思います。

自分の努力でどうしようもない理不尽を目の前にすると、怒りを感じるとともに、無力感、屈辱感、諦めなど様々な感情が沸き起こり、鬱憤というモヤモヤした複合感情として個々人の心に暗い影を落とすことになるようです。

 

そのような鬱憤が溜まった状態の人間は、その鬱憤を他者にぶつけがちということは言えると考えます。ここでいう「他者」は、鬱憤の原因に関連している者のみならず、気に食わない者やいけ好かない者が含まれることも少なくないでしょう。

 

この点に関しては、2020年5月17日付けの日本経済新聞の記事で、「感染防止に取り組む中で、店や外出者を私的に強くとがめる行為が各地で起きている。自粛警察と呼ばれ、同志社大の太田肇教授(組織論)は『長引く自粛生活で鬱憤がたまった状況が関係している』と指摘する。人はストレスを感じると攻撃対象を作って心の安定を図ろうとする傾向があり、『感染リスクを指摘できる対象への攻撃は正当化しやすく、はけ口にされた』とみる。」と解説されていますが、鬱憤がストレスを生じさせ、ストレスが心を不安定にし、安定させるために攻撃対象を作る傾向があるとの理屈には感覚的には説得力があるように思います。

 

■2020年5月17日付け日本経済新聞 「自粛警察」危うい正義感 コロナで鬱憤、他者を攻撃

www.nikkei.com

 

(3) 欲求不満-攻撃仮説

 

鬱憤がモヤモヤだとすると、フラストレーション(欲求不満)はイライラといったところでしょうか。

 

自分が望んでいる状況が達成できずフラストレーションが生じてイライラした気持ちになった時に攻撃性を持ってしまうことについては直感的、感覚的、経験則的に理解できると思いますが、これを心理学者が練り上げたのが「欲求不満-攻撃仮説」(Frustration-aggression hypothesis)という考え方です。

 

■Encyclopedia Britannica “Frustration-aggression hypothesis”

www.britannica.com

 

欲求不満-攻撃仮説は、リビドー(本能的欲求)が攻撃衝動を生むというフロイト仮説に反対したアメリカの心理学者ジョン・ダラードとニール・E・ミラーが提唱した仮説です。

欲求不満-攻撃仮説をざっくり説明すると、自己の欲求が満たされないというフラストレーション(欲求不満)により不快な緊張が心に生じ、その低減のために攻撃衝動が発生するという考え方です(詳細やこれに対する批判は上記Encyclopedia Britannicaの記事をご覧ください)。

 

鬱憤社会は同時にフラストレーション社会・欲求不満社会であるとも言えそうです。なぜなら、不安定な雇用情勢、不景気による生活不安、権力者の癒着や失策、社会の不平等・不公平の拡大等、個人の力では如何ともし難い理不尽な事情により、個人の欲求が満たされず、欲求不満が生じやすいと考えられるからです。

 

3 SNS等での書き込みは自己顕示欲と承認欲求?

 

(1) 悪口雑音をSNSで公開するという行動

 

理不尽な世の中が鬱憤や欲求不満を生み、それらが他人への攻撃に繋がるということには納得感がありますが、それをSNS上での攻撃に転化するのは、SNSが手軽だからという理由だけでしょうか?

おそらくそうではないでしょう。もし手軽さだけであれば、自宅で紙切れに暴言を書き殴ったり、ガード下の居酒屋でくだを巻いたりするだけで事足りるわけですから。

  

(2) 自己顕示欲と承認欲求

 

誰の目にも触れられない日記ではなく、第三者の目に触れるSNS等に書き込むのは、満たされない承認欲求の充足を求めるためだと考えられます。欲求不満が攻撃性に繋がると説明しましたが、ここで不満となっている「欲求」が「承認欲求」ということになります。

 

人間の欲求については、心理学者アブラハム・マズローの提唱した欲求階層説(Maslow’s hierarchy of needs)という考え方が有名です。これは、人間には下から生理的欲求・安全欲求・社会的欲求・承認欲求・自己実現欲求という5段階の欲求があり、下の欲求が満たされると1つ上の欲求を満たそうとするという考え方です。

 

野村総合研究所 「マズローの欲求階層説」

www.nri.com

 

欲求階層説については証明がなされていない等の批判もあるようですが、日本を例に考えてみると、生活や日々の安全がある程度保証されていて、多くの人が学校や会社に帰属して社会的欲求も充足されている人々がこれでもかとFacebookInstagram等のSNSに写真や記事を投稿している状況はマズローの考え方の投影された世界に見えてきます。

 

4段階目の欲求である「承認欲求」(esteem needs)他者から認められ、尊敬されたい」という他者ありきの欲求です。

似た言葉に「自己顕示欲」(exhibitionism)というものがありますが、これは他人に認めてもらいたいという承認欲求の一種と位置付けることができそうです。

 

SNSを観察していると、有名企業や芸能人の不祥事は多くの人の興味を集める事象であり、これについて辛辣なことを書いたり、面白おかしく貶したりすることによって「いいね」や「リツイート」等の他者の反応が集まることが多いように見受けられます。他方、特に有名ではない一般人の他愛ない日常の様子に関するツイートにはほとんど他者の反応は集まりません。

 

もっと多くの「いいね」や「リツイート」が欲しいと承認欲求をエスカレートさせてしまった人は、より他者の関心を集めるべく、より過激に、より毒々しく悪口雑音を撒き散らかしてしまうように見えます。

 承認欲求と結び付き、急速に成長・拡大・浸透したSNSですが、その魔力は看過できないレベルに人々を幻惑しているのではないでしょうか。

 

■2019年8月8日付けFNNプライムオンライン 「なくならない炎上・誹謗中傷…SNSの「魔力」に惑わされてしまう心理的カニズムを聞いた」

www.fnn.jp

 

4 匿名での大喜利/集団リンチの様相

 

(1) 匿名性が攻撃性を増幅

 

SNSは承認欲求を満たすために一般人でも自由に発信できる点が魅力ですが、もし実名での発信が義務付けられていたとしたら、そこまで辛辣で醜悪な悪口雑音を書き込むことができるでしょうか?

おそらく実名ではそこまでひどいことは書けないでしょう。報復が怖い、世間の非難が怖いといった理由もあると思いますが、それとは別に匿名性が攻撃性を増幅する(実名では増幅されない)という面もあると思います。

 

この点に関し、アメリカの心理学者フィリップ・ジンバルドは匿名性の保証、責任分散等による「没個性化」(de-individuation)が攻撃性の増幅をもたらすとの考え方を示しています。

 

■TED Talks: Philip Zimbardo “The phycology of evil”

www.ted.com

 

■2019年3月6日付け一般社団法人日本産業カウンセラー協会 「ネット炎上の攻撃性を心理学から考える」

blog.counselor.or.jp

 

(2) 大喜利的なゲームと集団リンチ的な苦言

 

匿名の暴言が溢れるようになったインターネット上の現況について、評論家の宇野常寛氏は、著書「遅いインターネット」において、以下のとおり分析しています。

* * *

  • いまこの国のインターネットは、ワイドショー/Twitterのタイムラインのしおめで善悪を判断する無党派層(愚民)と、20世紀的なイデオロギーに回帰し、ときにヘイトスピーチフェイクニュースを拡散することで精神安定を図る左右の党派層(カルト)に二分されている。まず前者はインターネットを、まるでワイドショーのコメンテーターのように週に一度、目立ちすぎた人間や失敗した人間をあげつらい、集団で石を投げつけることで自分たちはまともな、マジョリティ側であると安心するための道具に使っている。
  • 彼らは週に一度週刊誌やテレビワイドショーが生贄を定めるたびに、どれだけその生贄に対し器用に石を投げつけることができるかを競う大喜利的なゲームに参加する。そしてタイムラインの潮目を読んで、もっとも歓心を買った人間が高い点数を獲得する。これはかつて「動員の革命」を唱えた彼らがもっとも敵視していたテレビワイドショー文化の劣化コピー以外の何ものでもない。
  • 社会に対して「発言」することで(その多くは、失敗した人物や目立ちすぎた人物への、集団リンチ的な苦言として表現される)何ものでもない自分を底上げしたがる人々は常にTwitterのタイムラインの潮目を読んでいる。

* * *(抜粋引用終わり)

 

宇野常寛 「遅いインターネット」(NewsPicks Book)

www.gentosha.co.jp

 

ここで用いられている大喜利的なゲーム」「集団リンチ的な苦言」という表現は言い得て妙であり、嘲罵や野次、皮肉や狂言をいかに他者の興味を煽れるように言えるかというゲームでポイントを得ることで承認欲求を満たす者が一定数存在し、それを俯瞰で見ると「集団リンチ的な苦言」の集合体として対象者に無数の矢の如く突き刺さっている惨状が浮き彫りになります。

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「怒り」、「妬み」、「シャーデンフロイデ」などの強い感情ではない1つ1つの他愛もない「承認欲求」の欲求不満から生じた攻撃性が、匿名性に覆われることで増幅し、大喜利的なゲームで多数集められることで、劇的な影響力と加虐性を持ってしまう。

 

SNS上で人が他者を叩く現象の分析としては、このようなテクノロジーと人間心理の影の側面から背けてはいけないと考えます。